「歌は分断を越えて」書評 生きる場所が母国に 願い切実
ISBN: 9784787719065
発売⽇: 2019/02/26
サイズ: 19cm/247p
歌は分断を越えて 在日コリアン二世のソプラノ歌手・金桂仙 [著]坪井兵輔
「いま関西の大半の在日歌手が、差別や心無い中傷を恐れ、日本の通名で活動をしている」。読み始めて数ページで、胸がつかえた。在日差別を恐れて日本国籍を取得する人が多くいる現実は以前から知っていたし、実際にそういう友人もいた。
それでも、音楽という本来国境を越えていくものを表現する人たちの中にも、差別を受けることを恐れ、通名を使わざるを得ない現実があること、そして反韓ムードがじわじわと高まる中で、そういうケースが増えていることに改めて気づかされた。自らの存在を憎む声が公然と聞こえてくることがどれほど恐ろしいことか。ヘイト・スピーチを憎んではいた。でも、どこまで想像できていただろうか。在日差別について知っていた。でも何を知っていたのだろう。
1949年、在日歌手金桂仙(キムケソン)は、朝鮮半島出身の父母のもと大阪の吹田に生まれた。彼女の半生は、国と国の間で翻弄される困難に満ちていた。金は通っていた朝鮮学校から日本の音楽大学は受験できず、狭き門だった大阪朝鮮歌舞団へ入団する。選抜されて海外公演のチャンスがいくつも巡ってくるも、韓国籍や戸籍の問題で夢が絶たれていく状況は不条理そのものだ。
彼女はその後、子育てをこなしながら約40年、焼肉屋のおかみとして身を粉にして働く。それでも48歳で大阪音楽大学短大に入学、歌の道を諦めず本名で歌い続けている。
韓国の慶州ナザレ園の、戦後辛酸を舐めた日本人妻たちとの交流が印象的だ。「いま、ここにおれるだけで十分です。もう韓国も日本もいやや、カムサハムニダ」と言う彼女らの姿は、日本における在日の姿とも重なる。その人が生きる場所が母国になりうるか。ありのままで生きたいという切実な願いが当たり前に受け入れられる社会を目指せるか。一人の在日歌手の半生に静かに問いかけられた。
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つぼい・ひょうすけ 1971年生まれ。毎日放送の記者、ディレクターなどを経て、阪南大准教授。