ていねいな暮らしの雑誌を見て「どうやって働いているんだろう」
——「仕事文脈」は「すべてのゆかいな仕事人に捧ぐリトルマガジン」として、「女と仕事」「ごはんと仕事」など、さまざまな切り口で働く人を紹介し続けていますよね。特急案件という誰もやりたがらない仕事を率先して受けることで、単価を上げて働く時間を減らしているデザイナーや、日本のクライアントから仕事を受けながら、ポーランドで月5万円で暮らしているライターなど、「こんな方法もあったのか」と思うような働き方をしている人がたくさん登場します。まさに仕事を語るための文脈を拡張し続けている雑誌だと思いました。まず最初に、創刊の経緯を教えてください。
宮川真紀(以下、宮川):私は2012年に個人出版社タバブックスを立ち上げて、その年の11月に「仕事文脈」を創刊しました。当時、仕事がテーマの雑誌というとスキルや自己啓発などがテーマのものか、ブラック企業のような労働問題の話題が中心でした。こうした雑誌は男性をメインターゲットにしているものが多かったですし、女性向けの雑誌でも「できる女」を目指すようなものばかりだったんです。
同時期には「ていねいな暮らし」をうたうライフスタイル雑誌も増えていましたが、こちらは逆に仕事の話題はほとんどありません。素敵な生活が繰り広げられていましたが、「どうやって働いて暮らしているんだろう、この人は」と思ってしまったんです(笑)。つまり、身近な仕事について書いてある雑誌がなかったんですよね。
たいていの人は仕事をしながら生活しているけれど、仕事が生きる目的ではない人もたくさんいます。そうした人が読みたい仕事雑誌を作ろうと思ったことがきっかけです。
ノウハウではなく、多様な働き方をそのまま載せる
——ラインナップもバラエティに富んでいます。精神科医で作家の春日武彦さんのように著名な方にインタビューをしていたり、投資とパンクを結びつけて語るヤマザキOKコンピュータさんのように世間的な知名度は低いけれど面白い仕事をしている人もいたり……。人選はどのように決めているのでしょう?
宮川:ネットで探すこともあるし、知り合いが「こんな人いましたよ」って教えてくれることもありますね。原稿を頼んだり取材したりした人を巻き込みながら作っています。
辻本力(以下、辻本):僕はもともと「生活考察」という雑誌を作っていたのですが、小さな雑誌同士のトークイベントで宮川さんと知り合い、一度寄稿した流れでそのまま「仕事文脈」編集部に加わりました。自分が担当するときも、他の仕事で知り合った人にお願いすることが多いですね。あとは、身の回りの面白い人を紹介する、みたいなスタンスでいます。
——逆に「こういう人には頼まない」という基準はあるのでしょうか。
宮川:そのテーマですでに語り尽くしている人には頼まないですね。
辻本:「仕事文脈」でやるなら、何かを経験した人が仕事についてのノウハウを読者に教えるような内容はちょっと違うかな、と思ってます。生き方や働き方の「提案」はなるべくしないスタンスですね。
——読者へのアンケート調査やインタビューも毎号掲載されていて、本当に多様な人の仕事が垣間見えます。ビジネス誌のような仕事論ではなく、生き方がそのまま載っていることで、働き方にロールモデルなんてないのかもしれないと思わされます。
宮川:そうですね。色んな人を紹介するたびに、仕事ってなんだろうということが私にもわからなくなります。
ただ、ロールモデルを求めるのはみんな働き方に悩んでいるからなんですよね。私自身も、別のインタビューでロールモデルとしての役割を求められているのかな、と思ったことがありました。産休育休を取りながら長く勤めたり、40代で辞めて会社を立ち上げたり、年齢を重ねても働き続けているのが珍しいのかもしれません。
でも、モデルを追求することがかえって生きづらさにつながることもある。それに、私自身もこの先わからないことがたくさんあるし、ノウハウを提示できるとは思っていません。その人の生き方や働き方をそのまま載せるようにしているのは、そのためでもあるんです。
やり方次第でお金を生む「ないけど、ある仕事」
——既存の働き方や、メディアの語り方へのカウンター精神を感じます。創刊号の巻頭に掲載された宮川さんのコラム「ないけど、ある仕事」に、その精神が象徴されていると思いました。
宮川:自治体が雇ったリサイクル業者がリサイクルごみを回収する前に、ごみを勝手に持って行ってしまう闇業者について書いたコラムですね。闇業者は良くないとされているけれど、そもそもリサイクルが目的なら誰がやっても良いし、市民が買って出たごみのリサイクル料金が自治体に入るシステムは正しいのか、という視点もある。闇業者の存在がなんとなくそのままになっているのは、暗黙の了解で「仕事」が生まれているんじゃないか、そのくらいのゆるさのある社会でも良いんじゃないか? と考えたんです。
これまでに価値を認められた、つまり世の中に「ある」仕事だけを求めることは、かえってリスクだと感じる。気づかなかったけれどやり方次第でお金を生む仕事、今まで働いていなかった人ができる仕事、つまり「ないけど、ある仕事」が増えれば、生きやすくなるのではないか、と思うのです。(『仕事文脈』vol.1「ないけど、ある仕事」より)
創刊号ではそんな風に、常識にとらわれない仕事を模索している人たちに寄稿してもらいました。たとえば、さのかずやさんの「無職の父と、田舎の未来について。」は、当時大学4年生だった著者が北海道の遠軽町で体を壊して退職した父親について書いた記事です。体の弱い父親が、地方でどんな風に働いていけばいいかという問いかけが新鮮でした。さのさんの記事は連載として現在も続いていて、4月には『田舎の未来』(タバブックス)として書籍化もしています。
「AIが仕事を奪う」はずが、そんなに奪ってない2019年
——5月に発売された最新号は「AI、IT、IoT、えっ?」という特集です。AIやITと仕事という特集はビジネス誌でよく見るので、「仕事文脈」が特集を組むのは少し意外に感じました。
宮川:ただ、読んでみるといつも通りのことをやっているとわかると思います。今はみんなスマホを持っているし、ネットサービスを駆使してものを売って生活の足しにしている人もいる。サブスクリプションについてのアンケートも取りましたが、みんなすごくたくさんのサービスに入っています。AIやITは仕事でもプライベートでも、意外と私たちの生活に根づいているんですよね。
辻本:AIって、技術として新しいうちは大きく宣伝しますが、普通に使われるようになるとわざわざ言わなくなります。音声認識もAIですが、今はもう当たり前の技術になっていますから。
——AIというと私たちの生活を大きく変えるものに感じますが、実はすでに私たちの日常に浸透してきている。
宮川:少し前は「AIが発達したら人間の仕事がなくなる」とか、シンギュラリティといって騒がれていましたが、現実に仕事はなくなっていないですからね。むしろスマホが登場して、自分でやれることが増えたから仕事は増えたくらい(笑)。
辻本:威勢のいいことが書かれて、一番AIが盛り上がっていたのは3、4年ほど前でしょうか。当時は2020年にはもっとAIが進化していると予測されていましたが、2019年の現在、意外とそんなに仕事奪ってないじゃん、っていう。
メディアは煽ったほうが面白いので大きなことを書きますが、現実に即すとそういうことでもないよね、という予測が最近は言われるようになっています。特集では、『誤解だらけの人工知能 ディープラーニングの限界と可能性』(光文社新書)を著書に持つAI研究者の田中潤さんにお話をうかがっていますが、田中さんは「今ある仕事がなくなっても、また新しい仕事が生まれるだけ」とおっしゃっていました。たとえば経理の人の事務的な仕事がなくなっても、その時間で別な仕事ができるようになるので、仕事の内容や働き方が変わるだけ、ということですね。
——むしろ仕事を奪ってほしい気もするので、新たな仕事ができるだけというのはがっかりしますね……。
宮川:今号では作家の海猫沢めろんさんにも寄稿してもらっていますが、「AIが仕事を奪うと言われていたのに、もはやペッパー君ってはま寿司にいるよね、というレベルになっている」と書いています(笑)。
その意味では、AIという言葉が目新しくなくなってきた今だからこそ、冷静に分析できるテーマだったと思います。数年前のAIが盛り上がっていたタイミングで特集していたら、未来の話になってしまっていたでしょう。そこに興味はなくて、今の生活の話がしたいんです。
小さくても、実感を大切にできる選択を
——7年間、年に2冊のペースでコンスタントに発行を続けてきた「仕事文脈」ですが、今後も変わらずに続けていきますか?
宮川:「仕事文脈」を通じて、続けていくと色んな人に会えたり、知識や刺激を得られるんだと知りました。やってみたいことがその都度出てくるので、今後いろいろと実現していくことがあるかもしれません。
——気になります。発行部数を増やすなど、雑誌としてより大きくしていきたいと考えているのでしょうか。
辻本:うーん、それは特に考えていませんよね。大きくしようとすれば絶対に大きくなるわけでもないですし、制作の費用や手間も増えて、必ずしもいいわけではありませんから。
宮川:周囲を見ても規模を大きくしようとしている雑誌は少ないように感じます。昔は頑張ってカルチャーの中心を目指すのが主流だったかもしれませんが、今はそれを前提とする必要はないんじゃないでしょうか。
——運営方針においても、上昇志向とは違う在り方を続けていかれるのですね。
宮川:最近は個人で作る人も増えていて、文フリ(文学フリマ)のようなイベントも盛んですし、小さくても自分たちの実感を大事にできる方が大切だと考えています。
とはいえ、あまり閉じすぎるのも良くないと思っています。「『仕事文脈』ってこういうイメージだな」という予想を裏切るものを作り続けていきたいですね。