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歌人・高田ほのかの短歌で味わう少女マンガ くらもちふさこ「天然コケッコー」

スイカのてっぺん

今回ご紹介するくらもちふさこ先生の『天然コケッコー』は小さな村が舞台だ。日本人ならだれもが持っている望郷の念を写しとったかのような風景が、ここにある。
村に住む中2の主人公、右田そよは東京から転校してきた大沢くんを意識するあまり、いつも面倒をみている6級下で村の最年少の早知子(さっちゃん)に対して初めて冷たいことばを放ってしまう。

おしっこ!?また!?今出してきたんじゃないの!?
「出ん」じゃないよ 自分でわからんの!?
さっちゃんは
さっちゃんはあまえすぎじゃよ
もう赤ちゃんじゃないんじゃけ
そよはもう(トイレには)付き合わんよ

翌日、そよはスイカの皮を頰にあてながら母ちゃんとばあちゃんと会話をする

「スイカの皮で顔こすると美人になるってホントかねえ」
「上手い商法じゃなあ」
「うちの生徒みんなやるでね」

そして昨日を振り返る。

きのうは
いいすぎたかいなぁ
でもさっちゃんのおしっこタイミング悪いけー

後日、担任の先生から早知子のおしっこが出ない原因は膀胱炎だと知らされ、自己嫌悪に陥るそよ。放課後、給食のスイカを携え早知子のお見舞いにいく。そよは早知子がもう自分に笑いかけてくれないのではと不安に思いながら、早知子の部屋を覗く。
すると、早知子がどーんと抱きついてきて、ページをめくるとこのアップ。

「天然コケッコー」©くらもちふさこ/集英社

うるる~
表情ひとつで人を泣かせるってどんな魔法ですか先生。

その次の場面を詠んだのが下記の短歌だ。

「天然コケッコー」©くらもちふさこ/集英社

さっちゃんが持つと魔法の杖になるスイカの皮に頰をさしだす

あるインタビューで先生は、“生活してる感は、意識して描くとあまり上手く描けません。”と言っておられた。天性のセンスを瑞々しくペン先に乗せ、感じるままに描いているのだろう。

神は細部に宿るというが、『天然コケッコー』は学校の渡り廊下に、神社の石段に、陽のあたる縁側に、そよが、さっちゃんがいて、日常を暮らしていると信じずにはいられない。
そんなあたたかな空気が作品全体にさわさわと漂っているのだ。

いつまでも乙女心を失わない秘訣は?
“いつまでも大人になれないだけです。”

ああ…かっこいい。

アルバムをめくると、苦々しい顔でスイカをみつめる一枚の写真がある。
小学5年生の夏、臨海学校にいった。正確な場所は覚えていないが、青空が反射した眩しい音を思い出す。
泳いだあとのわたしたちにはご褒美が待っていた。スイカだ。砂浜に立てられた大きなテントに入ると、先生や民宿のおばさんたちがにこにこ運んできてくれる。
しかし、わたしは生まれたときからスイカが苦手だった。
(このにおいがだめなんよ…)
薄く切られた赤い三角を苦々しく見つめていると、

シャリっ

突然、てっぺんが消えた。
振り返ると同じクラスの北くんがしゃくしゃくしていた。

「きらいなん?」
「えっ?」
「スイカ、きらいなん?」
「うん…」
「もったいないなあ スイカはてっぺんが一番甘いねんで」

そこまでは思い出せる。
しかし、そのあとスイカがどうなったのか、北くんと何か話したのか、わたしの記憶は波にさらわれたみたいにまっさらだ。

臨海学校が終わってから、あのときの北くんの行為がじわじわ気になってきた。
お風呂に浸かりながら(なんで食べてくれたんやろう…)
食べてくれたと思い込んでいる時点ですでにかかっちゃってるよ。
当日スマホがあったなら「スイカ 食べてくれる 意味」とか検索しちゃってるよ。

恋に落ちる要因はいつだって驚異と共感。
短歌に対しても人に対してもおんなじだ。
臨海学校から1カ月後、「臨海学校の思い出」と題した写真が廊下にずらっと貼りだされた。
そのなかに、苦々しくスイカを見つめるわたしがいた。そのあまりの顔に一瞬ショックを受けた。が、いや、待てほのか。この続きにはあんなドラマが待ってたじゃないか。
変な顔だった事実より甘っぽい記憶を形にして残したい、という想いが勝ったわたしは、注文用紙にその写真の番号を書いた。

北くんは今もあのときのスイカの味を覚えているだろうか。