【第1R】夏は新たな恋が生まれる予感。「恋する」本を教えて!
野﨑まど『HELLO WORLD』(KADOKAWA・山根さんがナツイチからセレクト)
実はSFはそれほど得意ではないのですが、この作品は青春恋愛小説として楽しく読めました。まず何よりも、内気で、本だけが友達という主人公の男の子が愛おしい。前半の伏見稲荷神社の描写など京都の古い街並みと、青春、恋愛物語がうまくマッチしています。自分がいる世界が実は記憶装置に記録された過去の世界であり、未来の悲劇を変えるためにアバターとして未来に介入する、といった設定や、意表をついた展開もスリリングです。SF、恋愛、青春、京都といった色んな切り口から楽しめる作品なので、本は苦手、という若い人にこそ、ぜひ読んでほしいです。
森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(集英社・海藏寺さんがカドフェスからセレクト)
平成の恋愛小説といえば、映画化もされ、一大ムーブメントを巻き起こしたこの作品。京都の街と、浮遊感あるファンタジーの世界が融合した、森見さんならではのキュートなラブストーリーです。物語を追うだけでなく、独特の文体を含めた世界観や空気感をぜひじっくり堪能してほしいですね。主人公は好きになった女の子をつけ回すストーカーのような男ですが、これだけ純粋でピュアな恋愛もない。ちょっと少女漫画に近い世界です。みんなで酔っ払って馬鹿騒ぎをしていた古き良き大学のサークルの世界を描いた青春小説の趣もあります。森見作品を読むなら、真っ先におすすめしたい一冊です。
【第2R】暑い夏を一気にクールダウン。「ぞっとする」本を知りたい!
宮部みゆき『三鬼 三島屋変調百物語四之続』(集英社・海藏寺さんがカドフェスからセレクト)
宮部みゆき版「百物語」とでもいった、不思議でせつなく、背筋が凍る物語集です。夏の夜、読むにはぴったりです。舞台は江戸時代。商家の一室で、旅籠のお嬢さんだったおちかが、そこを訪れる人から他の人には話せなかった深い悔恨や迷いの話を聞かされます。一つひとつの話が本当に怖くて、人生をかけた人の恨みってここまで深いのかと思い知らされます。いわゆる教訓的な要素もある、大人のための日本昔話ですね。SFも書かれる宮部さんだけあって、あの世とこの世をつなぐブラックホールのような空間の描写も、とてもリアルでスペクタクルです。時代もの、怪奇もの、恋愛や謎解き、SFなど、1冊でいろいろな要素が堪能できる素晴らしい作品です。
三津田信三『怪談のテープ起こし』(KADOKAWA・山根さんがナツイチからセレクト)
自殺者が死ぬ前に吹き込んだ肉声のカセットテープをモチーフにした「死人のテープ起こし」など、独立した6つのホラー短編からなる作品です。それらをつなぐ幕間も不気味で怖いです。この作品は、三津田さんが編集者だった頃の実体験のように書かれていて、現実と虚構が曖昧になった感じも怖さを引き立てます。構成が非常によく考えられているので、小説家志望の人にもとても勉強になる。最近は、あえて謎を明らかにしない、結末をはっきりさせない作品を敬遠する読者も多いのですが、三津田さんはそれを意識的にやって、それでいて読者を引き付ける小説として成功させています。行間を読む楽しさ、怖さを、この作品で体験してほしいですね。
【第3R】暑さを思い切りふっとばしたい。「笑える」本を読みたい!
奥田英朗『真夜中のマーチ』(KADOKAWA・山根さんがナツイチからセレクト)
財閥御曹司を騙る商社のダメ社員と、小狡く軽薄な青年実業家、謎の美女が出会い、一世一代の現金強奪計画をたくらむ、いわゆるクライムノベルです。まずはいかがわしい登場人物が繰り広げるドタバタ劇に笑わされます。日本にはもともと、遠藤周作さんや北杜夫さんといったユーモア小説のジャンルがあるんですが、この作品を読むと、その健在ぶりを思わせます。奥田英朗さんは、他のシリアスな作品も含めとにかく文章が上手い。冒頭から一気に小説の世界に引きずり込まれますし、登場人物も悪い奴らなのに味方したくなってくる。誰もが安心して楽しめるストーリー・エンターテインメントとして、夏の文庫フェアから手に取る1冊として最適です。
赤澤竜也『吹部!』(集英社・海藏寺さんがカドフェスからセレクト)
ある高校の廃部寸前の吹奏楽部に、ミタセンという変人教師がやってきて、部を立て直し、全国大会金賞を目指す。そんなストレートで痛快な青春小説です。とにかくこのミタセンのキャラが強烈です。音楽への愛と才能はすごいけど、不器用で我がままで、子供がそのまま大人になったような人。そんなミタセンと生徒たちの、ずっこけたやりとりはくすっと笑えます。恫喝や登校拒否など、教師らしからぬ言動で部をかきまわし、衝突やトラブルを起こしながらも、部は一つにまとまっていきます。吹部の生徒たちのお互いがお互いをさりげなく思いやる姿には思わずぐっときますね。登場人物たちの成長とともに笑えて、泣けて、青春ってやっぱりいいな、と思わせてくれる一冊。高校生や中学生に、ぜひおすすめしたいです。
【第4R】蟬時雨がせつなく響く。そんな「泣ける」本はありますか?
雫井脩介『望み』(集英社・海藏寺さんがカドフェスからセレクト)
この小説は、読んでいて胸がしめつけられるような、泣きたくなるような気持ちになりました。平凡な家族がある日、事件に巻き込まれます。長男が行方不明となり、近所で友人が死体となって発見されるのです。やがて2人の少年が現場から逃げたことも判明します。母親は、息子は加害者であってもいいから生きていてほしいと願う。父親は、息子は絶対に人を殺すようなことはしないと信じている。でもだとすれば、息子は亡くなっていることになる。そんな二人の心の葛藤が描かれます。やがて真相が明らかになるにつれ、二人の気持ちはさらに激しく揺れ動きます。どちらの結果となっても望みはない。ページをめくりながら、私の心もどちらの親にも共感しながら激しく揺れ動きました。
瀬尾まいこ『おしまいのデート』(KADOKAWA・山根さんがナツイチからセレクト)
両親が離婚した後、月に一度だけ合う孫娘と祖父。元不良の教え子と定年間近の教師。同じクラスだけど話をしたこともない高校生男子同士。「デート」という言葉から連想するのとはちょっと違う、風変わりなデートを描く短編集です。なかには「これがデート?」と思うものもあるけれど、実はそこには当事者にしか分かりえない大事な関係性があり、会う前のワクワク感や別れの切なさがあって、そうか、これもデートかと思えてきます。巻末の解説にもあるように、この作品の「おしまい」は決して最後ではなく「中休み」。だから切なくも、ほっこりさせられ、胸がジーンと温かくなる。そんな何ともいえない読後感のある作品です。
【第5R】秋に向け思索を深めたい。「考える」本を薦めて!
浅田次郎『帰郷』(KADOKAWA・山根さんがナツイチからセレクト)
浅田次郎さんは短編が本当に上手な作家です。戦争によって日常を破壊された、さまざまな職業の人の人生を描くこの連作短編集も、実に読み応えがあります。浅田さんの戦争ものは、エモーショナルになりすぎず、一歩引いたところから描かれているのに、最後は必ず泣かされてしまう。大上段に構えず、庶民のエピソードを淡々と描くことで、戦争がどういうものなのかが実感としてひしひし伝わってくる。作品を読む前には思ってもいなかったこと、知らなかったことを教えてくれます。この作品を読み終わった後も、戦後の日本のかたちや自衛隊のあり方について考えさせられました。終戦を迎えた夏にこそ読みたい1冊です。
門田隆将『死の淵を見た男』(集英社・海藏寺さんがカドフェスからセレクト)
福島の原発事故のさい、現場では実際に何が起きていたのか。膨大な取材と故・吉田昌郎所長らへのインタビューをもとに明らかにしたノンフィクションです。当事者の生の証言を盛り込みながら、時系列で淡々と綴ることで、当時現場で何が起きていたのかを臨場感たっぷりに甦らせています。吉田所長らは極限状態のなか、自分たちが踏ん張らないと日本が放射能に汚染されてしまうとの使命感だけで行動していく。その責任感と自分の役割に徹し抜く姿にとてつもない凄味を感じながら読ませていただきました。福島で起こった未曾有の原発事故について今一度自分の頭でこの問題を振り返り、これからも考え続けるための必読の書だと思います。すべての日本人に読んでいただきたいです。
「ナツイチ」から「カドフェス」へエール!
今回、読ませていただいた作品は五冊とも、とても面白かったです。さすが、エンターテイメント作品のイメージが強いカドカワさんならではのラインナップでした。なかでも「ナツイチ」にも欲しいと思った私の一押しの作品は『吹部!』です。登場人物一人ひとりのキャラが際立ち、何度も胸がキュンとするシーンがあり、ものすごく共感できる。誰でも持っている純粋な気持ちを揺さぶってくれる青春小説はとてもKADOKAWAさんらしく、さすがだと思いました。夏のフェアは長い間書店の店頭でお隣さんとして共演させていただいており、とても親近感があります。これからも一緒に元気よく夏読書を盛り上げていきましょう!(海藏寺さん)
「カドフェス」から「ナツイチ」へエール!
戦後まもない創刊の角川文庫は、古典から始まった経緯もあり、伝統と新しさの共存がいつも課題なのですが、集英社文庫さんに対しては特に最近、とても自由度が高い印象を持っていて、目が離せない。あっと驚かされる感じです。今回の五冊も、時代の変化に寄り添ったセレクトだと感心しました。そういった意味でも、カドフェスに欲しい! と思ったのは『HELLO WORLD』です。読書離れと言われて久しいですが、これからも良きライバル、良き戦友として、文庫の魅力を広め盛り上げていきたいですね!(山根さん)
(構成・関川隆)