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ねむらない樹に出会って 書肆侃侃房・田島安江さん

 なんで歌集出版にとりつかれたのですか、とよく聞かれる。が、出会ってしまったから、としか答えようがない。歌人笹井宏之が亡くなったのは2009年1月24日、26歳の若さだった。何かに導かれるように2年後の命日、すでにオンデマンド版で出版されていた第一歌集『ひとさらい』の新装版と第二歌集『てんとろり』の2冊を、わずか3カ月でつくって出版した。寝たきりのつらい時期もあったという笹井宏之は、それを感じさせない清涼感あふれる多くの作品を残した。私は、わずか31文字がつくりだす世界が小さな宇宙を内包することを知った。

 帯の「風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしはシーツをかける」の歌は、3・11のあと、あたかも追悼の歌のように人々の口にのぼった。笹井宏之の歌を読み、彼に憧れる若者のなかに短歌は、シーツを広げるように広まっていった。それは、新鋭短歌シリーズ、現代歌人シリーズへとつながり、彼の歌から名付けた短歌ムック「ねむらない樹」が生まれた。短歌の新人賞「笹井宏之賞」には多くの若者の短歌が集まる。31文字の世界が人々を魅了する。

 先日、生前の笹井宏之と心を通い合わせたという人に直筆サインを見せてもらった。「ねむらないただ一本の樹になってあなたのワンピースに実を落とす 笹井宏之」とあり、しばし、言葉を失った。短歌ムック「ねむらない樹」は笹井宏之の遺志だったのかもしれない。=朝日新聞2019年8月21日掲載