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「頑張らなきゃ」は日本のローカルルールに過ぎない 「京大卒・元ニート」のブロガー・phaさんの生き方

文:加賀直樹、写真:斉藤順子

昔から、人との会話というものが全然わからなかった。 何を話したらいいのか全く見当がつかない。いい年になった今ではわからないなりにその場をしのぐ術をいろいろ覚えたのである程度取り繕えるようになったけれど、十代や二十代前半の頃は本当に会話が全然できなくて、自然に会話ができる(ように見える)普通の人々に対して敵愾心を募らせていた。(「会話がわからない」より)

――このインタビュー直前、Twitterで「だるいできないやりたくない」と呟いていたphaさん。本書のなかには、「できないこと」「苦手なこと」が、これでもかと登場しますよね。そして、その事象とうまく付き合う、トコトン付き合う、もしくはやり過ごす。その姿勢が、冷静で客観的な筆致で描かれています。「元ニート」で現在も「ふらふらしながら生きている」と自称していますが、むしろ、「生きていく」ことに真摯な人である、という印象を強く抱いたんですね。

 あ、そうですか……。この本は、幻冬舎のサイト「plus」の連載「猫を撫でて一日終わる」をまとめたものなんです。

――連載を始めた時は、あまりお気持ちが軽やかじゃない状態だったそうですね。

 そうですね……。暗い話しか書けないみたいな感じで。理由は忘れたんですけど、なんだかすごく落ち込んでいたんです。「何か書きませんか」って(担当編集者に)言われたんですけど、やる気がなくて、「暗い、内向的なことしか書けない」って。でも、「それでいいですよ」みたいな感じでした。

(担当編集者の大島加奈子さん)phaさんはもともと……、たとえば「連載があるから、どこどこに出掛けて書く」みたいな、そういうタイプのかたではないから、ウチにこもって書くタイプ。連載が始まったのが2017年の冬で、「あんまり外にも出たくないし」みたいな。「それはそれで良いんじゃないですか。その感じが良いんじゃないですか」とお伝えしました。

 もともと「だるい」とか、ネガティブなことばかり書いていたんですけど、これ(本書)はそれを突き詰めて、「本当にだるい」「やる気がしない」「やりたくない」というネガティブなものだけを書いたんです。日常の中であれができないとか、これができないとか、そういった後ろ向きなことをひたすら書いていく連載になりました。

(大島さん)「できない」ということが増えてきたので、「すごく良いですね! これで本になりますね」という感じになった記憶があります。

人の声を聞いたり物音を聞くだけで精神に響く。結構きてるな。そんなときは意図的に生活リズムを夜型にするようにしている。そうするとなんだかちょっと気分がマシになる。調子の悪さを生活リズムを崩すことで受け止めているというか、車が衝突した際にあえて外殻が壊れることで衝撃を吸収して中の人間を守るように、壊れてもいい部分をある程度壊すことによって本当に大事な部分を守るのだ。(「夜中にコンビニに行く」より)

――昨年末に40歳の誕生日を迎えたphaさん。それから半年経ったいま、変化はありましたか。

 40歳になった途端に凄い変化があるわけじゃないですけど。でも、シェアハウス(暮らし)を辞めたんです。「シェアハウス、飽きてきた」とは(本書で)書きましたけど、そのあと実際に辞めて、今年の4月から一人暮らしを始めたんです。

――phaさんといえば、後述しますがシェアハウス。長年の生活パターンを変えたのですね。それは画期的。新居に望んだ条件とは。日あたりが良いとか、駅から近いとか。コンビニから近いとか。 

 ……でもなんか、ずっとシェアハウスをやっていたので、その延長で「シェアハウス的なこと」をちょっとやろうかなと思って。ちょっと広め(の部屋)にして、駅から近くて、ひとが遊びに来やすいようにしよう、とか思って借りたんですけど。でも実際、一人暮らしをしてみると、全然そういうのやる気がしなくて。(笑って)「そういうのももう飽きたわ」って。「一人でのんびり暮らしているのが良いわ」みたいな感じになってしまいました。

――執筆作業はいつごろですか。「夜じゃないと書けない」とか。

 わりと夕方や夜にやっているのが多いですね。なんか、「朝、起きてすぐ」というのはやる気がしなくて。朝も弱いんで。

 「切符を拝見します」 そう言いながら少しずつ車掌さんがこちらに近づいてくる。 切符はどこにやったっけ。ちゃんとあるよな。ポケットの中に入れたか、財布の中に入れたか、どっちだったか。ポケットに手を入れると切符の尖った感触があった。よかった。(中略)自分はちゃんと正当な運賃を払い、この列車の座席に座る権利を買っている。それを車掌さんも認めてくれた。それをみんな(誰?)も見たはずだ。これで誰にも文句は言わせない。自分はここにいていいんだ。(「検札が怖い」より)

――幼少の頃、たくさん友達をつくるタイプではなかったそうですね。

 そうですね。苦手でしたね、友達をつくったり、遊んだりするのが。一人で本を読んだりしているのが好きな感じの子でしたね、ずっと。

――どんな本を読んでいましたか。

 大した本は読んでいませんけどね。小説とかそういう……、影響を受けたかどうかはわからないですけれど、中学生の頃は筒井康隆が好きでした。「すごく面白いなあ、こんな世界があるんだ」みたいな。当時の僕にとっては衝撃。「こんなムチャクチャなこと、書いて良いんだ!」。断筆した後だったかも知れません。過去の本を、90年代半ばの自分が面白いと思って読んでいました。

――ごきょうだいは。教育熱心なご家庭だったのですか。

 妹と弟がいます。教育熱心ということでもないですけどね、何となく、でも、友達もそんなにいないし、やることもないから勉強をしていたら成績が良かった、みたいな感じ。

――休み時間の時には、机に突っ伏していたのだそうですね。

 そんな感じです。「放っておいてほしい」という感じです。

――そんな、勉強熱心に「ならざるを得なかった」phaさんが進んだ大学は、京都大学の総合人間学部。ところで「総合人間学部」って何を学ぶところなのですか。

 文学部と理学部を合わせたような学部なんです。昔の教養学部を移行したみたいな感じです。でも、「何で行ったのか」というと、特にやりたいことがなかったから、「なにか良くわからないところに行こう」という感じだったんですよね。やりたいことも決まっていなくて、「何でも良いから、働きたくないから大学に行こう」。なんとなく、よくわからないところに行ったんです。他の大学は受けていないですね。

――大阪市在住だったphaさんは、京大まで通おうと思えば通えるけれど、学生寮に入ったのだそうですね。

 (入学して)最初1年ぐらいは、1時間半ぐらい片道かけて通っていたんですけど、あまり面白くないというか、「京都に住みたいな」と思って。

――その寮生活が、その後の「人生の礎」になった、と。

 そうですね、その後の「人生の糧」……それはありますね。価値観が変わった。わりと「ダメな人」が(寮内に)多かった。学校にちゃんと通うのは苦手だけど、みんな、好きなことやっているな、みたいな感じ。ひとに合わせるのが苦手だけど、それぞれ勝手なことをやっている。「それでも別に楽しいし、良いんだ」ってなりました。

寮に住んで二年目ぐらいの頃、寮の玄関ホールの一角に新しいスペースができた。(中略) 僕はその場所に入り浸った。(中略)外に出かけていく寮生や外から帰ってくる寮生が絶え間なく目の前を通り過ぎていってあまり落ち着かないのだけど、そんな行き交う人を気にしないふりをしながら、一人でこたつに入って、ひたすら本を読んでいた。 本当は暇だったり寂しかったりして人と話したかったのだけど、自分から人に声をかける勇気がないので、わざと人目につく場所でこれみよがしにだらだらすることで、誰かに声を掛けてもらうのを待っていたのだ。(「シェアハウスに飽きてきた」より)

――そこでたくさんの友達と出会ったのですよね。いまでも交流は続いているのですか。

 わりとそうですね。付き合いはあります。京大って、ちゃんとした道を歩む人もいますけど、寮にたむろしている人は……(笑って)京大のなかでもダメなひとが集まっていると思う。みんな、うさんくさい。同級生で、エリート的なところに行った知り合いはいないです。

――2年ほど大学に余計に在籍したそうですね。

 それも、別にやることがない。就職したくないから休学して。特に何もせず、寮でダラダラしているだけでした。寮には休学中でもいられるんです。家族は「ま、そんなもんか」ぐらいに思っていたと思う。休学、お金かかんないんです。なので、「まあいいか」みたいな。

――卒業後、近畿圏の他大学に就職し、学務課で社会人生活を始めたphaさん。転勤でタイ・バンコクに着任した際、再び人生観が変わったのだそうですね。

 働くことの価値観が変わりました。「日本的に、毎日ちゃんと働く感じじゃなくても良いかな」。昼間からその辺で昼寝しているオッサンを見て、「日本ではこういう雰囲気がないな。これはこれで良いんだ」って。「これぐらいの雰囲気のほうが暮らしやすいよな」。それまでは、「ちゃんと働けるように(周囲に)合わせなきゃ」とか、「なんで自分はできないんだろう」とか、「頑張んなきゃ」とか思っていたんですけど、それは単なる日本のローカルルールに過ぎない、と。「べつにそうじゃない生き方があっても良いんだ」と思いました。

――そこで思いついたのが、シェアハウス「ギークハウスプロジェクト」。シェアハウスを自分で運営しながら住み続けてきたのですね。考えが至った経緯は。

 やっぱり、寮に住んでいたのが楽しかった。寮で昼間っからみんなダラダラ、学校にも行かず、みたいなのが良かった。特に何もしないけれどひとが集まっていて、何となく楽しい、みたいなものをつくりたい、と思ったんです。自分が部屋を借り、家賃を集めてやる。一人暮らしするよりは安く済むんです。

 ネットで知り合いをつくって遊ぶようになっていたので、「なにか発信していきたいな」と思うようになって、ブログを書くようになりました。文章を書くのはもともと好きだったので、自分の考えたことを書き始めたんです。読んでいるひとが増えていって、知り合いもできて、という感じで。そんな感じで暮らしています。

――数年前、けっこうメディアに出ましたよね。「ニートの若者が、シェアハウスをつくる」という切り口でした。あるテレビ番組では、出演者のビートたけし氏が「phaって何だ?」ってペンネームにツッコミを入れていましたよね。あと、たまたま私、韓国のニュース記事で「pha」は「ファントム」の「ファ」である、と読んだ記憶があるのですが……、あれはホントでしょうか。

 デマだったような……、なんか自分で言ったような、よくわからない。何でもよい、みたいな……。

――数冊の著作を発表されてきたphaさんですが、「この本が一番気に入っている」と呟いていましたよね。本書のどんな点をご自身なりに評価していますか。

 役に立たないことが書いてあることです。実用的じゃないし、前向きじゃない。そういう、自分の本当にダメなことを、自分の好きなように書いたところが好きなんです。……前向きな本っていっぱいあるけど、そういうのは好きじゃない。役に立たないものを読むのが好きなんで。

――自己啓発本って書店に溢れているけれど、それとはベクトルが真逆な印象がありますよね。

 そうですね。

――でも、いっぽうでは、読んだ人の肩の力が抜け、軽くなって、「あたりまえの自分を受容していいのだ」という気持ちにさせてくれるのが凄いなと思うんですが。

 そうなってもらえたらいいなと思いますね。わりと自分のために書いている感じがあるんですよ。自分のダメな部分を自分が確認するために書いているようなところもあって。だから一番好きなのかも知れないけれど、結果的に読んだ人を安心させるみたいな感じになったりするといいなって。Twitterでの感想では、「頷く」みたい反響が多かったですね。「共感する」とか、「わかる」とか。

――「エネルギーがせいぜい1、2時間で切れてしまう」「約束の1時間前に来ちゃう」「旅立つのは下手だけど、旅立ったら帰りたくない」。ダメな自分を認めるということは、一見すれば「諦観」かも知れないけれど、よく読み進めていくと「より良い自分であろう、自分らしさの本質を見極めよう」ということでもある。ひょっとすると、真の意味での「完璧主義者」って、phaさんみたいな人なのかも知れない、と思うんです。

 40歳でもあるし、いったん総括したいと思っているんです。(笑って)べつに、訴えたいことは何もないんですけど、自分のいままでやってきたことをまとめる。自分の読んできた本とか。いままでの人生をまとめていきたいと思います。

――何を読んできたか。何を聴いてきたか。ベクトルはあくまで自分自身に向けられるのですね。……そういえば「中島みゆきが好きである」と本書で書いていますね。

 わりと初期の曲を聴いています。最初のほうの2、3枚。最近のはあまり聴いていないな。90年代で止まっているかも知れない。

――最後の質問、「みゆき、この1曲」ってありますか。

 難しいですね……。「流浪(さすらい)の詩」が好きかな。

――(取材を終えて)中島みゆきの「流浪の詩」、取材時にはピンと来なかったが、あとで「ああ、あの曲のことだったか!」と唸ってしまった。初期の隠れた名曲。重苦しく長いイントロのあとに、いきなり鳴り響く、明るいカントリー調のメロディが度肝を抜く。歌詞で描かれるのは、激しい雨の夜に「ママ」と一緒に町を出ていく女。母子の単なる転居の話かと思いきや、2番ではその「ママ」の真実が明かされ……。躁鬱のコントラストの際立つ旋律に乗せ、ここではないどこかを探し、さすらう姿。それが、何だかphaさんと重なるように思えたのだった。