二人は朝日新聞の書評委員を同時期に務めた縁があり、荻上さんのラジオ番組に三浦さんが出演したこともある。荻上さんは冒頭で「仲がいいと僕は思っているんですけど!」と、会場の笑いを誘った。
『みらいめがね』について三浦さんは「自分でもこんなことあったなと、何か考えさせられた。声を上げて笑うところもあって、すごくよかった。ヨシタケさんのイラストが、絶妙のずらし方で、おもしろかった」
三浦さんは雑誌「BAILA」での連載エッセーをまとめた三浦さんの『のっけから失礼します』(集英社)を今月刊行。前もって読んだ荻上さんは「文体芸。小バエが増えるという話が出てきますが、日常のささいな場面を顕微鏡で見たり、ルーペを当てたりするような形で拡大していって、読者を楽しませる。おもしろいものを発見して、それを丁寧に味わうのが三浦さん」と話した。
荻上さんは、こうも。「例えていえば、ブラックジャックが自分で腹をかっさばいていく感じ。分かります?」。三浦さんは大笑いしながら「分かりますよ」
うつ対策は「ストレスそのものを減らす」(荻上)
荻上さんは『みらいめがね』で、うつ病体験について書いた。対談では「うつ病になって、自分の心に向き合うのが嫌だったんだなと気づいた。自分の心に向き合わなければいけなくなったとき、自分のメンタルはどんな癖があるのか理解しないと前に進めない。向き合わなければいけなくなった」と告白。「ストレスそのものを減らす。ストレスの原因になる仕事とか人間関係は遮断する」と対処法を話した。
うつ病のことを雑誌連載で書いたら、読者から「私も、うつです。うつであることを言ってくれてありがとう」という反応があったという。
三浦さんにも、うつ病体験が。「夜、ベッドの中でひたすら『死にたい』と言って泣いているんですよ。具体的に死にたい理由があったわけではないのに」。仕事の依頼を断り切れずに、休めなかったのが引き金になったのではないかと振り返った。
「断ったら二度と依頼が来ないと思って。でも、無一文になってもいいと思って断った。そしたら気持ちに余裕ができた」
「うつ病の人は、お医者さんに絶対行って。お薬を飲んだら、いつか良くなるから。自分で何かしない方がいい」
「レールと思っていたものがレールじゃない」(三浦)
二人は、参加者から事前に募った質問の中から、こんな声を取り上げた。「私は大学生ですが、何かをしていなければという強迫観念があります。レールから外れると安定した収入を得ることが難しくなるのではないかと」
荻上さんは「僕は、何かをしていなければとずっと思ってきました。自分にペケを付けていくタイプでもあった」と自分の体験を話したうえで、「上手にスイッチオフができない人って多いと思う。強迫観念もそう。『何もしない、をしよう』という発想がない。自己採点も減点方式になりがち。でも、レールは一本ではなく、何十路線もありますよ」
三浦さんは「レールと思っていたものが、実はレールじゃないということもあるし。固定観念とか世間体とかあると思うけど、だいじょうぶだよ。例えば、学校なんか嫌なら行かなきゃいい。あと、安定した収入なんてないよ!」
文学と評論は生きづらさ解消に寄与
こんな質問もあった。「文学と評論は、生きづらさの解消に寄与するんでしょうか」
荻上さんが答えた。「ぼくは寄与すると思いますよ。生きづらい人たちにスポットを当てていくこともできますから。それが一つの社会問題になっていくことがあると思います」
「ぼくは生活が苦手」と、荻上さんが切り出す場面もあった。三浦さんの「ご飯、ちゃんと食べてないっぽいですもんね」という突っ込みに、荻上さんは「料理と呼ぶもののハードルをすごく下げたんです。レンジで1回『チン』すれば料理!」
三浦さんが「いままで何を食べていたんですか」とさらに突っ込むと、荻上さんは「カロリーメイト。いま、コンビニで売っているサラダチキンとか。それと冷凍うどんを温める。それで料理!」
対談の終盤、話は小説などで取り上げられるBL(ボーイズラブ)におよんだ。三浦さんは「生きづらさ」と絡めて、二つの点を指摘した。
「男性の同性愛を題材にしたものですが、読んでいるのも書いているのも女性が多い。中には性描写も含まれるので、年少の読者への気づかいは必要だと思う。でも、同性愛というのは本当に隠さなければならないものなのか」
「BLを好きな女性のことを『腐女子』というんですよ。自分たちで言い始めた。自嘲が入っているかもしれないけれど。私はその言葉が好きではない。特定のジャンルを好きな自分のことを、どうして腐っていると言わなきゃいけないのか。そこは、どうしても引っかかる」(西秀治)=朝日新聞2019年8月31日掲載