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歌人・高田ほのかの短歌で味わう少女マンガ いくえみ綾「G線上のあなたと私」

G線上のいくえみ作品と短歌

私が短歌を詠む原点となったのは、小学生の頃にりぼん、中学校に入って別冊マーガレットの、特にモノローグに惹かれたことにある。

ふきだしのセリフは登場人物とセットで描かれるので、読者はその人物の心を客観的に(一歩引いて)見ることになる。 対してモノローグはコマに心の声だけをのせるので、読者はその人物の視点から主観的に物語を見ることになる。ゆえに、モノローグは登場人物と自分の気持ちを同化させやすい。

俳句は季語を中心に詠むものだが、短歌は読者が作品を追体験ができるように詠む文学だ。短歌を詠むようになり、モノローグと短歌に親和性があることに気づいた。

今回は、いくえみ作品の ①モノローグ ②掛け合いのリズム の2点について短歌との共通点を探り、『G線上のあなたと私』の魅力を語る。 

①いくえみ綾先生の作品は珠玉のモノローグの宝庫だ。先生は不必要なことばを削ぎ落とし、読者が文字と文字の間から妄想を広げるための余白をつくっている。読者は、気づかぬうちにモノローグの奥の奥にある登場人物の心理に考えを巡らせてしまう。

 カサを 忘れた 取りにもどろう もどれば さっきのはウソで  『バラ色の明日』

 山って 闇だ  『プリンシパル』

 左手 一本分でいいの 今は まだ  『潔く柔く』

短歌もできうる限り不要な言葉をけずり、31音に余白をつくる。余白をつくり読者に想像を委ねることで、31音の外側の物語を読者自身が広げる。短歌は引き算の文学と言われる。

 首筋にひんやりあたる傘の骨気づかぬうちに傷ついている 高田ほのか

 「いつもよりラクダが一頭少ない」と人差し指でネクタイを指す 高田ほのか

 ②いくえみ作品は、キャラ同士の掛け合いのリズムが最高だ。2018年に完結するまで、一番楽しみながら読んでいた少女マンガのひとつがいくえみ綾先生の『G線上のあなたと私』、通称 「G線」だ。バイオリン教室で知り合った年代の違う三人、也映子(25)、理人(19)、北河さん(41)の友情と恋の物語で、10月からテレビドラマもスタートする。

「G線」ではLINEのやり取りも効果的に使われている。同じ教室でバイオリンを習う三人のLINEのグループ名は、“バイオリン三銃士”。

也映子 あの教室でやる意味があるのに

理人 でももう終わったよ?

北河 でももう終わったよね?

北河 ハッピーアイスクリーム!

理人 はい?

也映子 どした?

北河 なんでもない…

也映子 せっかくのサプライズ~このまま終わるのはいやだ~

北河 う~んうちに招待してホームパーティーとか

理人 お!いいじゃないすか!

也映子 すごーい できるの?

北河 ごめんなさい パーティーとかできるといいなって言おうと…

理人 ですよね

也映子 ですよねー

北河 ハッピーアイスクリーム!

也映子 ???

理人 なんか使い方わかってきた

理人 でもさー根本的なこと言うけど これって絶対やんなきゃならんの?

也映子 いやいやいやいや それを言っちゃあー

北河 先生は嬉しいと思うよ

理人 スベるかも

理人 ドン引きとか

理人 あれ?

理人 おーい

理人 急に誰もいねえとか

理人 イヌのスタンプ (ありえない…)

理人 つうかグループ名…

理人 イヌのスタンプ (ひくわー)

也映子 ん?

この絶妙な掛け合い!

気づかないうちに口元が笑っている。

先生の生みだす掛け合いのリズムは、五・七・五・七・七の韻律をいかした短歌とも重なる。

短歌の五・七・五・七・七のリズムは、日本語が最も美しく輝くリズムだと言われる。最近こそテキストが普及したため目で鑑賞することに重点が置かれる傾向にあるが、短歌がもともと和歌だった時代に歌垣などで詠われたように、そもそも耳で聞くもの。耳から入って魂を揺さぶるものが短歌の原点だ。ゆえに、短歌は“声の文学”と言われる。

 抱えると重みがふふふふふくらますふろくを包みふくらむりぼん 高田ほのか

 とってみるかけて鏡をじっとみるとるかけるとる 鞄にいれる 高田ほのか

いくえみ作品は恋愛はもちろん、家族について、生きることについてしんしん考えさせられる作品が多く、そのほの暗さが魅力だ。そんななか、「G線」は主人公である也映子の力がいい具合に抜けており、作品全体のトーンがあかるい。私はこの、ゆる~いテンポであ~だこ~だしていく感じがたまらなく好きだ。楽に読めるという意味でも、いくえみ作品のなかで稀有な存在だと思う。

その主軸はタイトルのとおり主人公の也映子と理人の恋愛だが、“バイオリン三銃士”の北河さんの存在が物語に深みを与えている。先生は北河さんのこともとても大事に描いている。それは、三巻の表紙が北河さんであることからもよくわかる。おばさん(と北河さん自身が言っている笑)が単独で表紙を飾る少女マンガを見たのは初めてだ。

先生は、「いろんな人間が描きたいから」マンガを描くのだという。

登場人物の気持ちが、セリフや表情、体勢だけでなく、手書きのオノマトペの書体や指先の曲がり具合にまで繊細に映し出されている。人間の感情を掬い上げる巧みさにはため息がでるほどだ。

微笑ましい登場人物たちが絶妙なハーモニーを奏でる。「G線」は、いくえみ作品ならでは群像劇の魅力が余すことなく詰めこまれた作品だ。

「G線上のあなたと私」3巻から ©いくえみ綾/集英社マーガレットコミックス

目を合わせ水平線に弓を弾くゆったりひろがる旋律の海