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山田航さんが薦める新刊文庫3冊 「上京」システムが担ってきた役割

山田航が薦める文庫この新刊!

  1. 『上京する文學 春樹から漱石まで』岡崎武志著 ちくま文庫 924円
  2. 『北村薫のうた合わせ百人一首』 北村薫著 新潮文庫 605円
  3. 『季語うんちく事典』新海均編 角川ソフィア文庫 792円

 (1)は作家たちの上京をめぐる逸話を紹介しながら、日本文学の精神史を軽妙な文体で描き出してみせたエッセー。1968年に上京した村上春樹から始まって、昭和・大正・明治と時代をさかのぼる構成になっているので、日本において「上京」というシステムが担ってきた役割を再確認できる。タイトルでは「漱石まで」となっているが、漱石が『三四郎』を発表する以前に上京した石川啄木、山本有三、斎藤茂吉も登場し、しかも彼らこそが「明治の上京者」の三大類型といえる重要な存在だ。文学者たちは「上京」の経験によって何を生み出してきたのか。「上京」システムの役割は現代もそれほど変わってはいない。胸に突き刺さる上京物語が1編は見つかるはずだ。

 (2)は北村薫が選んだ近現代短歌アンソロジー。茂吉から木下龍也まで百人の歌人が登場する。2首1組の構成は、小倉百人一首の本来の構成に準じたもの。ミステリー作家の選ぶ百首は「謎」と「闇」の魅力に満ちたものばかりで、ぞくぞくさせてくれる。「散文脳」の代表として短歌への素朴な驚きを綴(つづ)る三浦しをんの解説も良い。「韻文脳」の私には「散文脳」の思考法がいちいち面白い。

 (3)は俳句の様々な季語の成り立ちを簡潔にまとめた事典。季語は偉い人が「うむ、これは季語」と決めているわけではなく、誰かが詠み始めたら自然発生的に広がってゆくもの。日本人がソフトクリームを食べ始めたのは『ローマの休日』がきっかけ、など興味深いうんちくがいっぱい。=朝日新聞2019年10月19日掲載