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「中国 古鎮をめぐり、老街をあるく」書評 「変わらぬまま」でいる難しさ

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2019年10月26日
中国古鎮をめぐり、老街をあるく 著者:多田麻美 出版社:亜紀書房 ジャンル:紀行・旅行記

ISBN: 9784750516127
発売⽇: 2019/09/27
サイズ: 19cm/271p

中国 古鎮をめぐり、老街をあるく [著]多田麻美

 世界遺産や文明を象徴する大都市を訪ねる旅は魅惑に満ちている。しかし時代に取り残されたように見える鄙(ひな)にも味わい深い魅力があり、それを発見することが旅の楽しみの一つなのだ。本書は中国の古鎮(グーゼン=古い町)や老街(ラオジエ=古い通り)を訪ねた旅の記録である。
 国を挙げての大開発が進む中国では、古鎮や老街はグローバル化や商業化の波にもまれ、いかに保護するべきかという問いと直面している。昔ながらの古朴で牧歌的な古鎮もないわけではないが、評判が広まったとたんに観光客が集まってしまうため、その時点で「変わらぬまま」でいることが難しいという。著者は、自分の目で見聞きした古鎮や老街の現状を活写することで、それらの価値を多くの人々に考えてほしいと願ったのだろう。控えめな写真も郷愁をそそる。
 古鎮や老街と一口に言っても実態はそれぞれに異なり、取り上げられた28のどの街も通りもとても個性的だ。双子の姉弟による天地開闢(かいびゃく)の古代的なスケールの伝説を受け継ぐカンフーの村、「朝に肉」という昔からの食生活が守られている古都洛陽の都大路、民間歌謡などさまざまな「非物質文化遺産」(無形文化財)が残されている南京近郊の町、客家(はっか)の人々が建てた宇宙基地のような巨大マンション「円楼」の住人の楽しさと気苦労、「窯洞(ヤオドン)」(洞穴式住居)が多数残っている黄河沿いの交易の町など今すぐにでも旅立ちたくなる。しかも冒頭に行き方が示されているのでなおさらだ。
 本書が描いているのは場所の魅力だけではない。そこに住む人の生活や優しさもまた胸にしみる。足の不自由な著者に厄よけの「五彩線」(紐)を結んでくれた道ばたの切り絵売りのおばあさん、なまりがきつく筆談も成り立たない廟守(びょうもり)のおばさんとの交流、紹興の小学4年生の女の子は紹興酒が飲めると胸を張る。古鎮の水郷の村を縦横に走る水路は女たちの暮らしやすさを守ってきたのだ。
    ◇
ただ・あさみ 1973年生まれ。フリーライター、翻訳家。著書に『老北京の胡同』『映画と歩む、新世紀の中国』。