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伴名練「なめらかな世界と、その敵」 あふれるSF愛と叙情性が一体に

 2010年、『遠呪』にて第17回日本ホラー小説大賞・短編賞を受賞(『少女禁区』と改題の上、角川ホラー文庫から刊行)しデビューした伴名練(はんなれん)は知る人ぞ知る作家だった。受賞後の新作は中短編に限られ、寄稿先は主として同人誌だった。一方それが度々「年刊日本SF傑作選」(創元SF文庫)に選ばれていることからは、その評価の高さがわかるだろう。

 それらに書き下ろしの1編を加えた9年ぶりの新刊が短編集『なめらかな世界と、その敵』だ。無限の並行世界をまたがって生きる少女たちを描く表題作「なめらかな世界と、その敵」、冷戦中、宇宙開発に邁進(まいしん)するアメリカを尻目に、ソビエトの人工知能が技術的特異点を突破した「シンギュラリティ・ソヴィエト」などはSFファンなら設定を聞くだけでうれしくなる。また、伊藤計劃(けいかく)にオマージュを捧げ認知工学に制御された愛を描く「美亜羽へ贈る拳銃」、明治のゼロ年代、1902年に始まる文芸運動を描く「ゼロ年代の臨界点」など、収録作はいずれも膨大な先行作を巧みに参照しており、「2010年代、世界で最もSFを愛した作家」なるオビも大げさではない。これだけだといかにも限られたファン向けに聞こえるかもしれないが、それだけでないのが本書のすごさである。

 死んだ妹が姉に遺(のこ)した手紙が、その死の真相を徐々に明らかにしていく「ホーリーアイアンメイデン」の切実な妹の想(おも)いは読み手の胸に迫る。修学旅行中の高校生たちの乗る新幹線のぞみが時間停滞現象にとらわれる書き下ろし「ひかりより速く、ゆるやかに」で、時間の檻(おり)に閉じ込められた幼なじみを救うべく主人公が決死の疾走を始める終盤は大変に爽やかで、ぜひ夏休みの劇場用アニメにしてほしい。ファンを唸(うな)らせる仕掛けが、胸を打つ叙情性と同居する点は、他の短編も同様だ。

 書評家の大森望をはじめ、伴名練と庵野秀明の類似性を指摘する声はすでに多い。それは単に先行作への愛と引用に満ちた作風だけではないだろう。マニアックなオマージュにあふれたそれが、にもかかわらず、ジャンルの枠を超えて多くの人々に突き刺さる普遍性を獲得している点も含めて庵野秀明的と言える。すでに7刷を重ねるベストセラーになっているというのも納得だ。=朝日新聞2019年10月19日掲載