作品世界さながらの自然に囲まれた暮らし
「今日は、私の生活の中からどんなふうに絵本を作っているかというお話と、自分の書いた絵本を朗読していきたいと思います」。そう切り出したどいかやさんは、まず初めに千葉での暮らしについてスライドを使って紹介。1枚目に映し出されたのは、房総半島の形をした千葉のマスコットキャラクター、チーバくんの大きなイラスト。「私が住んでいるのは『チーバくんで言うと心臓あたり』といつも言っています。千葉県の人が、自分の住んでいるところをチーバくんで説明するのをはやらせたいと思っているんです」と笑った。
続いて映し出されたのは、住まいの周りで撮影された写真の数々。「私が住んでいる場所はすごくのどかな、畑や田んぼや小さな山があるところです」と話す通り、雑木林の中を散歩するどいさんの姿や、自宅の薪ストーブのために割られた薪の束などから、作品世界さながらの自然に囲まれた暮らしぶりが伝わってくる。そして多くの写真に登場するのが、どいさんの大切な家族である猫。21年間一緒に暮らし、天国へ旅立った「チップくん」から、現在も一緒に暮らしている18歳の「チュピちゃん」まで、たくさんの猫がどいさんの暮らしに寄り添ってきた。「冬に薪ストーブをつけると、猫たちが一番暖かいところを占領して寝ています。こんな感じでいつも猫と暮らしながら、あとは近所に住む人たちといろいろ交流しながら、楽しく絵本を描いています」
最初に朗読する作品として取り上げたのが、自然に心を寄せるどいさんの日常から生まれた『ハーニャの庭で』。主人公である猫のハーニャは、今は亡き同名の飼い猫がモデルになっている。どいさんは作品誕生のきっかけを次のように語った。
「今住んでいる千葉の田舎に引っ越して来る前に、茨城県の取手市というところに住んでいました。ごく普通の住宅地で、都会ではないけれどコンクリートに囲まれた街です。
そこで私は初めて自分の小さな庭を持ったんですね。ある時、庭にぺたんと座って地べたをまじまじと見たら、無数の虫が生きていた。『ああ、こんな住宅地の庭にも、たくさん生き物がすんでいるんだなあ』と何気なく思いました。当時飼っていた猫も、コウモリやモグラなどけっこういろんな小動物を捕まえてきたりしていました。
そんな小さなお庭のある家を引っ越すことになって、『ここは私のお庭じゃなくなっちゃうんだ』と思ったんですけど、実はそうじゃなくて。元々ここは私が来る前からいろんな小さな生き物たちのすみかで、これからもそうあり続ける、そんな当たり前のようなことにふっと気づきました。次に引っ越して住むところでも、私は『後から行く者だ』ということを忘れないように暮らしていきたい。そういう思いを描いたのが、『ハーニャの庭で』という絵本です」
アイヌの人たちをいつか絵本にしたかった
続いて選んだ作品は『ひまなこなべ』。アイヌ文化研究者の故・萱野茂さんが収集したアイヌの昔話を題材にした絵本だ。どいさんは写真家の星野道夫さんの本をきっかけに、アイヌの物語に興味を持ったという。
「星野さんの本にはアラスカ先住民の話がたくさん出てきて、そういう存在を知って本当に感動しました。私は動物が大好きで、動物への思いを絵本にしているようなものですけど、それと同時に人間と動物や自然との関係がうまくいっていないこと、人間が動物たちにとって迷惑な存在になっていることがすごく悲しいと思っています。
でも、アラスカに限らず先住民の方たちの存在を知ると、大昔から動物と人間がいい関係で、1つの輪の中で暮らしている印象がありました。彼らの暮らしに、自分が探している答えがあるのではないか。私にとって一番身近な先住民を考えたとき、母が北海道出身ということもあり、アイヌの人たちのことを知りたいなと思いました」
アイヌの言葉を習いに行ったり、アイヌの人たちがやっているイベントに参加したりしながら、「いつか絵本にできたら」という思いを温めてきたというどいさん。実際に絵本を作ることになり、取材で北海道を訪れた時の様子が写真で紹介された。「これはアイヌの人たちがやっている民宿に泊まったときの写真。普通のおうちなんですけど、庭にこうやってエゾシカが現れるんです。夢のようなお庭でした」
朗読を終えたどいさんは、この作品に対する特別な思いを明かした。
「お話にも出てきましたが、アイヌには『熊送り』という儀礼があって、いただいた命に対して感謝をしてお礼をします。命をもらう者として、とても美しい儀礼だなと私は思っています。
絵本を作るにあたっては、萱野茂さんの息子の志朗さんをはじめ、アイヌの人たちにいろいろ意見を聞きました。いつも作っている絵本は思ったことを自由に描けばいいですけど、これはアイヌの人たちの大切な物語。皆さんにいやな思いをさせることがないよう、でも自分の描きたいことも描かせてもらおうと、勉強しながら描きました」
そしてこの日最後の朗読は、どいさんの代表作である『チリとチリリ』。おかっぱ頭の二人組、愛らしいチリとチリリが自転車に乗って森の中に出掛け、動物たちの不思議な世界に出会うお話だ。
「チリとチリリは海の中にも入るし、体が小さくなって虫たちの生活の中にも入っていっちゃう。この9月にシリーズ7作目『チリとチリリ あめのひのおはなし』が出ましたが、私がシリーズを通して描いていて気づいたのは、チリとチリリは、日常生活の中の楽しいことを見つけるのが得意な二人組なのかなあということです。
十何年も前に、旅行で広島から島根に車で向かう途中ですごい山奥を走っていて、とても神秘的なものを感じたんですね。こういうところには私たちが気づかない、知らない存在が生きているような気がして。その体験から作ったのが、1作目の『チリとチリリ』です。自転車で山の中を走っていたら、不思議な存在に出会えたらいいなっていう願望があるのだと思います」
どいさんの優しい語りで、自然と生き物を温かく描いた作品世界に深く触れることができた1時間。会場からの大きな拍手で講演は締めくくられた。