- 『村上春樹の短編を英語で読む 1979~2011』(上・下) 加藤典洋著 ちくま学芸文庫 上1430円 下1320円
- 『このあたりの人たち』 川上弘美著 文春文庫 638円
- 『i(アイ)』 西加奈子著 ポプラ文庫 748円
村上春樹は自らを基本的には「長編作家」だと考えているが、その短編を特に高く評価する評者も多い。(1)は、デビューから2005年刊行の『東京奇譚(きたん)集』収録作品まで、四半世紀分の短編を英語で読み、日本語で論じるという試み。その丁寧で想像力に満ちた読解は、村上作品をより楽しむ手がかりとなる。ベースとなっているのは大学の授業だが、随所で著者の学生への深い敬意や心づかいも感じられる。翻訳され、世界の読者や研究者に刺激を与える日も近いはず。
(2)は小川洋子、村田沙耶香たちと並び、近年(ポスト・ハルキ・ムラカミという表現は安易かもしれないが)日本の作家の中で英米の読者に圧倒的に支持されている著者の掌編集。ユニークな町にまつわる掌編が小宇宙を描き出すフォーマットは、サンドラ・シスネロスの『マンゴー通り、ときどきさよなら』を想(おも)わせるが、その一癖ある登場人物、静かなユーモア、意表を突く表現や展開は完全にカワカミ・ワールド。
(3)の主人公「ワイルド曽田アイ」は、まだ記憶もない頃にシリアからニューヨークに住むアメリカ人男性と日本人女性のカップルに養子として迎え入れられ、中学生からは日本で生活することになる。自らの恵まれた環境に罪悪感を覚えるアイは、世界を惨事が襲うたびに死者数をノートに記す。そして、アイデンティティーの問題と葛藤しながらも、両親、親友、恋人に支えられながら成長していく。心にストレートに響くビルドゥングスロマン。=朝日新聞2019年11月30日掲載