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哲学者・千葉雅也さん、初小説「デッドライン」インタビュー 多層的な思考、虚構から新たな意味 

哲学者・千葉雅也さん

 暗闇の中、主人公の目は無数の男たちを追っている。男たちは一人また一人と暗闇の奥に消えてゆく。「群れなして回遊する魚のように」

 千葉雅也さん(40)の小説『デッドライン』(新潮社)は、出会いを求めてさまようハッテン場から物語が始まる。デビュー作ながら、芥川賞の前哨戦とも言える野間文芸新人賞に決まった。本業は、表象文化論が専門の立命館大学准教授。『動きすぎてはいけない』や『勉強の哲学』が思想書として異例のベストセラーとなった気鋭の哲学者だ。

 「もともと自分の出発点を哲学と決めていたわけではない」と言う。「抽象と具象を行き来するような、ジャンルのわからないものを書きたいと思っていました」

 ここ数年、小説を書こうと試行錯誤していた。背景にはSNS時代に様変わりした言論界の息苦しさがあった。「発言の前に、『おまえはどの立場なのか』『右か左か、白か黒か』と一面的、単層的な態度が強制される。仲間を作ってクラスター(集団)に分かれ、立場が分かれればぶつかるだけ」。そうではなく、多重的、多層的に考えたいと思ったとき、フィクションというスタイルにたどり着いた。「いかようにも解釈ができ、何が事実かさえわからないこともある。フィクションの意味は今、ますます鋭く問われていると思います」

 『デッドライン』の主題は、ゲイを生きること、そして修士論文が書けないこと。「どう生きるか」という大学院生の主人公の問いは、素朴で切実だ。中国哲学が専門の指導教員が講義で論じる荘子の言葉と、主人公が専門に選んだドゥルーズの言葉が重なり合って、マイノリティーとして生きる主人公を励ます。「現代思想は、時に知的ファッションだと嫌われもするが、僕は、人生の問題と深く関わると思っている」

 修士論文を書きあぐねる主人公の迷走ぶりは自身の体験に重なるそうだ。時代設定は2000年代初頭。「今の社会が倫理的に失ってしまったものが当時あったと思う。あの頃を虚構で復活させることで、過去から新しい意味を取り出すことができるのではないかと思っていました」

 断片的な描写を積み重ねていく構成は、「シーンとシーンを飛躍することを自分に許したことで、意外なつながりができました」。今春に刊行した『アメリカ紀行』も念頭にあった。サバティカル(学外研究)で訪れた米国での滞在記は、ツイッターのつぶやきが元になっている。「日常の瞬間的な印象を殺さないようにしながら、ある程度長さのある散文を構築できた」という手応えがあった。断章という形式は古来王道である、とも。「僕にとってはツイッターも、ニーチェやヴァレリーと断片の系譜でつながっています」

 次は再び、哲学の本。「事実であれ虚構であれ、僕の中では大きな絵を描いているよう。そのときの必然性で書いていくのでどうなるかはわかりません」(中村真理子)=朝日新聞2019年12月4日掲載