この作品をハードボイルドと呼ぶと異論があるかもしれない。シリアスな展開が中心のミステリーとはいえ、どこかのんきそうで、ぼーっとした雰囲気の主人公は、ゆるく日常を過ごしているように見える。会話劇も軽妙で、コメディー風な場面も多く、笑いを誘う。にもかかわらず、彼は徹底的に「色」を見せず、痛みも感じない「絶対零度」の心を持つ人物として描かれ、読み進むほどに独特のストイックな魅力をただよわせる。
彼の仕事は、保険会社から調査依頼を受け、事件の謎を明らかにすること。相棒役の少年は、他人の感情が色に見える共感覚の持ち主だ。内面が文字通り「色に出る」のを感じ取る能力を持っていて、事件の解明を助ける。しかし主人公にだけは、全く色を感じない。表情があるように見えながら、全く「色に出ていない」のだ。日常のコメディーなどやすやすと演じられるくらいに、じつは心の闇の深い主人公。ハードボイルドという印象は、そんなところから来ているのだろう。
読みごたえたっぷりのドラマ展開の中で、徐々に浮き彫りになる主人公の謎。人間の心の奥にあるものを、ゆっくりと丁寧に積み上げていく著者の手つきが鮮やかだ。=朝日新聞2019年12月7日掲載