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「いやいやながらルパンを生み出した作家」書評 自我抜けて到達する創造の神髄

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2019年12月14日
いやいやながらルパンを生み出した作家 モーリス・ルブラン伝 著者:ジャック・ドゥルワール 出版社:国書刊行会 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784336063830
発売⽇: 2019/09/20
サイズ: 20cm/415,13p

ルパンが私の影ではなく、私のほうがルパンの影なのだ−。世界中で絶大な人気を誇りつづける〈怪盗紳士アルセーヌ・ルパン〉の生みの親、モーリス・ルブランの初の伝記。【「TRC …

いやいやながらルパンを生み出した作家 モーリス・ルブラン伝 [著]ジャック・ドゥルワール

 モーリス・ルブランは度々言う。自分は無意識によって動かされている。それも自分の知らぬ何かに。勝手にアイデアが湧いてきて、潜在意識が自分を操っているので努力などする必要がないと。
 ルパンの名はバルザックの『人間喜劇』の登場人物リュパンに似ていたり、パリの市議会議員のアルセーヌ・ロパンを連想するが、彼を突き動かす力は「すべては僕の無意識の中に生まれた」と無意識を強調する。有名な占師が「途方もない成功を収め」「世界で最も知られた作家の一人」になると予言。そして人生の最後まで取り憑くルパンに人生が振り回されるが、それは彼の運命であろう。
 ルブランは純文学的作家を志望してモーパッサンの弟子となり、才気溢れる緻密な文体は師匠からの遺産。前途有望な作家を保証されながら、世界的な人気を得たのはアルセーヌ・ルパンの冒険小説であった。彼を動かす反磁力が運命を導いた。
 彼にとって意外だろうが、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズを凌ぐ人気で、彼は自作の中でルパンとホームズを闘わせ、圧倒的な支持を得る。
 そんなルブランは「あいつが僕の影なのではなくて、僕があいつの影なのだ」と述懐するが、本書のカバーはルブランの影がルパンになっている。何故?
 「いやいやながらルパンを生み出した作家」は〈自分が生み出した怪物に人生を乗っ取られてしまった〉(訳者)が、彼を乗っ取った張本人は彼の運命である。
 題名の「いやいやながらルパンを生み出した作家」というフレーズに僕はルブランの人生の奇異な秘密が隠されているように思う。「いやいや」に到達する境地こそ実は高いレベルなのである。ある次元に達すると嫌になるものだ。「いやいや」には自我を放下した悟性が宿る。また悟性に達しないと「いやいや」とならないものだ。ここに創造の神髄が見える。
    ◇
Jacques Derouard 1950年生まれ。ルブラン研究で知られる。著書に『ルパンの世界』など。