第72回野間文芸賞 松浦寿輝さん『人外』
ヒトでないものがヒトの世のへりを旅してゆく物語『人外(にんがい)』(講談社)で野間文芸賞を受けた松浦寿輝さんは、親交のあった先輩作家の故・河野多惠子さんから、「小説っていうのはね、否定的なタイトルをつけちゃだめなのよ。たとえば『不毛地帯』とか」と言われたエピソードから語り始めた。「どうしてですか、と聞いたんだけどよくわからない。しかし、大作家の言うことですから、一面の真理があるんじゃないかなと思ってました。その後、『不可能』という小説を出したときに、ちょっとまずいかなと思って、お手紙を出しましたら、数週間たった真夜中にお電話がありまして、『不可能』は傑作よ、と言われまして。タイトルがネガティブですみません、と言ったら、えっ何のこと、と言われて、もう忘れてらっしゃる(笑)」
「で、今回は『人外』というタイトルで、河野さんに読んでいただけなかったことは残念。ただ、タイトルは否定的なんですが、中身はそれほどネガティブではない。確かに荒廃した世界を人外というなんともつかない生き物が横切っていく話ではありますが、生きるということに対するオプティミスティックな楽天的な思いがこもった、生命の愛おしさを最終的には書きたいと思った。次作はぜひとも肯定的なタイトルをつけて、この賞を励みに力いっぱい取り組んでみたい」
第41回野間文芸新人賞 古谷田奈月さん『神前酔狂宴』
約10年間、披露宴会場で働き、2000以上の結婚披露宴を見てきた体験を原動力に書いた小説『神前酔狂宴』(河出書房新社)で野間文芸新人賞を受けた古谷田奈月さん。今回の作品のテーマの一つである結婚について、「結婚って本当におめでたいものなのかというそもそもの疑問が昔からあったように思っていて」と、友人とのエピソードを語った。
友人が結婚したことがわかったとき、自然に「あ、おめでとう」と言ったところ、相手は「あちこちに言って、祝ってもらうようなことでもないと思ってるんだけどね」という返事。「本当におめでたいことなのか考えもせずに、結婚イコールおめでたいという感じで反射的に動いたことが、自分的に恥ずかしかったというか。そういう感覚は、文学賞に対してもちょっとだけ思ってます。私が作品を書いて、賞をいただけて、おめでとうと言ってもらえるんだけど、ちょっとだけ腑に落ちない。その言葉をいただくのは作品であって、私ではないという気持ちをすごく持ってます。読書の経験というのは読者一人と作品一つとのかけがえのない関係というものが無数にあって、その一つひとつの関係に本当に価値がある。私が形式として、おめでとうの言葉をいただいてますが、読んでくれた人と作品との関係こそが祝福されていってほしいし、末長く続いていってほしいと思います」
第41回野間文芸新人賞 千葉雅也さん『デッドライン』
新人賞を同時受賞したのが、哲学者として知られる千葉雅也さんの小説『デッドライン』(新潮社)。小説執筆をうながされることは以前からあったものの、試行錯誤していた経験から話し始めた。
「自分の文章を、神経質にならず力を抜いて書いていきたいと、この数年取り組んでいた結果、小説を書くことに流れ着いた。一つ、手助けしてくれた書き手はベケット。切り詰められた息の短い文が続くような文を読んでいて、それが自分の韻文的なこだわりから散文的な書き方の架け橋になった。その後で、自分自身の問題を取り扱おうという風になってきました。小説の舞台となっているのが、21世紀になったばかりの自分がかつて過ごした東京。その時代、そのトポスについて何かを書きたい。いつかは書きたいと思っていたが、失われた時間を書くのはいつかじゃなくって、いまじゃないかと思い立った。『デッドライン』は時間についての小説。ある時間を復活させたいと願ったとき、フィクションが必要だった。事実を事実として書いてしまうのであれば、現実を言語で焼き尽くしてそれっきりになってしまう。ある時間をフィクションとして復活させることが今回の一つの試みだった。今後は小説と研究との両輪でやっていきたい。ジャンルにこだわらず、広く『書き物』としかいいようのないものを書いていきたい」
第57回野間児童文芸賞 戸森しるこさん『ゆかいな床井くん』
野間児童文芸賞を受けた戸森しるこさんのスピーチは、ペンネームの由来から始まった。「戸森」は「心に火が灯るような物語を書いていきたい」から、「しるこ」は子供のころのあだ名で「汁粉のなかのお餅のような色白だったので」。受賞作『ゆかいな床井くん』(講談社)は、しること呼ばれていた小学5、6年のクラスの雰囲気を思い出しながら書いたという。
「これまで書いてきた3冊とは雰囲気を変え、軽やかにユーモアを交えて、とにかく楽しんで読んでもらうということを第一に考えて書いた。でも、ライトで読みやすいだけではなくて、連作短編集の各章を読み終えたときに、それぞれの心に何かが残るように思いながら書いた作品でした。デビュー4年目、初めて大きな試練を経験しました。デビューしたころには全く予想もできないような状態に戸惑い、苦しんでおりましたが、そんなときに受賞の連絡をいただいて、久しぶりに心の底から幸せな気持ちになれました。この賞は人生のもっと先の方でいただける賞かと思いましたが、これほど早くいただけたことに意味を見つけていきたい。ここから戸森しるこ第2章が始まるというつもりで気持ちを新たにがんばってまいりたい」
第1回野間出版文化賞に新海誠さん、東野圭吾さん、雑誌「なかよし」「りぼん」
続いて、今年新設された野間出版文化賞の贈賞が行われた。表現活動を通じて出版界に多大な貢献をした人を顕彰する。映画「君の名は。」「天気の子」の監督・新海誠さん、作家の東野圭吾さん、少女マンガ誌「なかよし」(講談社)と「りぼん」(集英社)が選ばれたほか、アイドルグループ乃木坂46のメンバー、白石麻衣さんと生田絵梨花さんに特別賞が贈られた。
新海さんは受賞あいさつで「今年は映画がとてもパワフルな年だった」と振り返り、そのなかで出版に関して印象深く感じたエピソードについて語った。
「作品のノベライズを自分でやっているんですが、自分の書いた小説というものが日本の若い人たちが映画館にくる大きな入り口になっている。小説で知りました、本屋で知りましたという方が10代に多いんです。こんなにいまでも小学生、中学生、高校生に本が読まれているのかと。本屋に行って、それが映画の入り口になる流れがあることに驚きましたし、感激もした。これからもメディアをまたがって多くの人に届く作品を作れるように、そしてそれが海外に出て行けるようなものを作っていけるように、賞を励みに努力していきたい」
続いて、東野さんがあいさつ。「未来のことを話したいと思います」と切り出した。
「子供のころ、21世紀には自分は何歳になるだろうかと計算して、43歳とわかったときには、なんだそんなジジィなんだ、21世紀は楽しくねえなと思ってました。いま61歳ですけれども、振り返ってみると、ああ43歳は若かったなと。ただ、来年の今頃とか10年後とか、俺が野間出版文化賞のとき61歳だったなと振り返ったとき、若かったと思うに違いありません。ここにいる人たちの多くの人たちが100歳まで生きるかもしれません。そのとき80歳になったときの自分を思い出して、ああ80歳は若かったなあ、あのときにやれることいっぱいあったなと、きっと思います。明日からの未来を含めた人生で、一番若いのは今日です。今日が一番若いんだから、今日が一番可能性があるんだからと思って、これからもみなさんに楽しんでいただける小説をかいていきたい」
ふだんはライバル同士である少女マンガ誌「なかよし」と「りぼん」の両編集長が壇上に並び、受賞コメントを述べた後、白石さんが登壇。自身の写真集『パスポート』(講談社)と、同じグループの生田さんの写真集『インターミッション』(同)が、「男女を問わず支持される新しい写真集のかたちを提示した」との理由で特別賞を受けた。
白石さんは「写真集は3年前にアメリカのロサンゼルスで撮影しました。女性目線でも楽しんでもらえるものになったらいいなという私の意見も取り入れていただき、衣装やロケ地を一緒に考えて、満足いく作品になりました。この本をきっかけに様々な現場で様々な方に声をかけていただくことが増えました。私の活動のなかでも大きなターニングポイントとなった、とても大切な一冊になりました。賞を励みにこれからますますがんばってまいりたいなと思います」とあいさつ。
舞台出演のため贈呈式を欠席した生田さんからは、ビデオメッセージが寄せられた。「写真集は大好きなニューヨークで撮影しました。ミュージカルをやるのもみるのも大好きで、聖地にいっていろんな刺激を受けたり、留学生のような生活を少し送ることができて、自分にとって充実した期間でした。賞を糧にこれからもがんばっていきたい」と語った。