1. HOME
  2. コラム
  3. 文庫この新刊!
  4. 大矢博子さんが薦める新刊文庫3冊 幕末を生き抜いた4兄弟の思い

大矢博子さんが薦める新刊文庫3冊 幕末を生き抜いた4兄弟の思い

大矢博子が薦める文庫この新刊!

  1. 『葵の残葉』 奥山景布子著 文春文庫 880円
  2. 『岐山(きざん)の蝶』 篠綾子著 集英社文庫 792円
  3. 『銭形平次捕物控 傑作集三 暗号・謎解き篇』 野村胡堂著 双葉文庫 726円

 (1)幕末、御三家でありながらいち早く官軍についた尾張徳川家の慶勝。維新派と交渉した一橋茂栄。京都守護職となり幕府に殉じた会津藩主・松平容保。京都所司代として容保を助けながら、戊辰(ぼしん)を転戦した桑名藩主・松平定敬。

 この4人が美濃高須家に生まれた実の兄弟、という事実にまず驚く。幕府や官軍の指示と藩を守る責任の間で揺れる各々(おのおの)の思いに加え、藩の方針と兄弟の情の相克がつぶさに綴(つづ)られるのだ。かつてない視点から戊辰戦争を見つめた、斬新かつ圧巻の歴史小説である。

 4人が明治の世に再会する場面は万感胸に迫る。

 (2)斎藤道三の娘である帰蝶は、いとこの明智光秀と離れる寂しさを隠し、織田信長に嫁いだ。しかし自分の生き方に疑問を感じた彼女はある決意をする……。

 信長のもとを出奔したり市中で暮らしたりと、この帰蝶はかなり破天荒だ。だがその過程で、彼女は多くの女性たちに会う。女性に人生の決定権がなかった時代、様々な生き方を帰蝶と対比させる手法が見事。自分で道を選ぶということの意味と大切さが伝わる。

 (3)膨大な銭形平次の短編の中から、アリバイ崩しや暗号など名推理が冴(さ)える本格ミステリ6篇(へん)を収録。

 昭和前半に書かれたとは思えないほど読みやすい文章が大きな魅力。リズミカルなですます調は朗読したいくらいテンポがいいし、漫才のような平次とガラッ八の会話はとてもユーモラスで思わず笑ってしまう。

 ただし頭脳戦のため投げ銭の場面はなし。それは他の巻でどうぞ。=朝日新聞2019年12月21日掲載