2019年ベストセラーを振り返る 「自分で考えて」という人に頼りすぎ ライター・武田砂鉄さん

今年は、どの書店を訪ねても、入り口付近に積み上げられた樹木希林の微笑みに出迎えられた。昨秋に亡くなって以降、彼女の言葉が「名言」として伝えられ続けているが、本人がどう考えていたかといえば、「私の話で救われる人がいるって? それは依存症というものよ、あなた。自分で考えてよ」(「AERA」2017年5月15日号)であった。①③だけではなく、あらゆる発言が書籍化された。
生前、一度だけじっくりと話す機会に恵まれたが、自分について語ること、あるいは語られること、まとめられることへの警戒心を強く持っていた。世間体を無視して、自分で考えて生きる姿勢が、同調圧力が一向に改善されない日本社会の拠り所となった。繰り返すが、彼女は「自分で考えてよ」と言っていたのだ。樹木希林があちこちで頼られすぎた1年だった。
売り上げの前年比がプラスで推移したのがビジネス書(日販調べ)。その中で最も売れたのが、ライブ配信プラットフォーム「SHOWROOM」の社長による⑥。膨大な量のメモをとることで、日常の出来事をアイディアに変えることができるとの主旨。メモが書かれたノートを外付けハードディスクのように使うことで、自分の頭を常にクリエティブなことに使えるとする。起きたこと、考えたこと、その「ファクト」を記し、それを「抽象化」した上で、別のビジネスに「転用」するという明快さが受けた。各種データを用いながら、世界が抱える諸問題を見つめ、時に「ファクト」よりも「思い込み」に支配されてしまう私たちに問いかける⑨もヒットした。
「ファクト」といえば、⑥と同版元から出版された⑧は、Wikipediaなどからのコピー&ペーストが問題視され、その一覧を含む検証本が他社から刊行されたほど。著者は「いくつかのミスはあり、版を重ねる時に修正しました。どこかの時点で、どこを修正したか発表しないといけない」(朝日新聞・2019年5月22日)と答えたが、その後、発表されていない。
この件をTwitterで批判した作家の初版部数と実売部数を自身のTwitterで晒(さら)したのが版元の見城徹代表取締役社長。売れ行きが低迷した事実を公にすることで著者を威嚇するかのような態度に呆れたが、本を売る・届けるって、様々な組織が連携して初めて実現できるもの。売れなかったことを著者に押し付ける姿勢は傲慢である。晒すべきは、実売数ではなく、争点となっている本の「コピペ」箇所に違いない。
フィクション部門と重なるのが本屋大賞を受賞した⑩のみなのは寂しい。この部門の10位に韓国文学のチョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』が入った。「韓国・フェミニズム・日本」と題した特集が創刊以来86年ぶりに3刷となった文芸誌「文藝」をはじめ、政治レベルでのいざこざを乗り越えるように、韓国文学の新しい潮流が紹介された。
そんな中、週刊誌「週刊ポスト」が組んだ特集「厄介な隣人にサヨウナラ 韓国なんて要らない!」が物議を醸した。「韓国人の10人に1人は治療が必要」という韓国の学会のレポートを引きつつ、「怒りを抑えられない『韓国人という病理』」と題した記事を載せた。刊行元の小学館は謝罪文を出したが、大雑把な論旨で隣国を揶揄する雑誌や書籍の波が衰えない。売れるから、という理由で放置する業界に、暴力に加担しているという自覚はあるのか。
2年前には「うんこドリル」が大ヒットしたが、今年のランキングを見渡して目に入るのは「おしり」。②⑬⑲の3作品もランクインしている。顔の形が「おしり」に見える名探偵が、「フーム、においますね」と言いながら難事件を解決していく人気シリーズ。毎年思うが、子どもたち向けの本がいつも想像力を喚起させる内容なのに対して、大人向けの本はいつも、答えをすぐに出します、と意気込む本ばかりだ。本の役割は前者にあり、と考えているのだが、果たして来年はどうなるのだろう。=朝日新聞2019年12月28日掲載