- 『青卵(せいらん)』 東直子著 ちくま文庫 858円
- 『黒雲の下で卵をあたためる』 小池昌代著 岩波現代文庫 1012円
- 『絶滅危惧職、講談師を生きる』 神田松之丞著 杉江松恋・聞き手 新潮文庫 605円
(1)は『春原さんのリコーダー』に次ぐ第2歌集の文庫化。存命中の歌人の歌集が続けざまに文庫化されることは珍しいが、口語短歌のストリームを大きく変えた歌人だけに、やっと本来の実力に見合った評価が広くなされるようになったのだと思う。
ママンあれはぼくの鳥だねママンママンぼくの落とした砂じゃないよね
童話のような文体はそのままに、子どもの頃に見た不思議な夢のようなイメージが加わって、世界観に奥行きが増した。ちなみにこの歌は、「ママン」というお題に沿って作られた。感情よりも言葉の方を先に立てて作っても名作が生まれうるのが短歌のいいところである。だって、人間そんなにいつも感情に振り回されて創作するわけないじゃないですか。
(2)は美しい散文に満ちた、詩人のエッセー集。日常のささいな出来事に古今東西の詩歌が寄り添っていて、生活の中に詩があるとはどういうことかを教えてくれる。白眉(はくび)の一編は、小学生の頃の級友との思い出を綴(つづ)った「川から来る風」。詩的なものと縁遠そうな人がふと詩的な言葉を漏らす瞬間は、かけがえのない永遠の記憶へと変わる。
(3)は講談の風雲児が自ら語った半生記。戦後衰退し、マイナーな伝統芸能となってしまった講談。その人気を現代再び高めている若手のトップランナーが、講談師としての情熱を語る。立川談志を信奉する落語青年がなぜ講談の道を選んだのか。他の「芸道物語」とは一線を画する、冷静な熱さに満ちた一冊だ。=朝日新聞2020年1月11日掲載