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『草はらに葬られた記憶「日本特務」』書評 対日協力者の苦難と民族の分断

評者: 寺尾紗穂 / 朝⽇新聞掲載:2020年01月18日
草はらに葬られた記憶「日本特務」 日本人による「内モンゴル工作」とモンゴル人による「対日協力」の光と影 著者:ミンガド・ボラグ 出版社:関西学院大学出版会 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784862832900
発売⽇: 2019/10/10
サイズ: 21cm/246p

草はらに葬られた記憶「日本特務」 日本人による「内モンゴル工作」とモンゴル人による「対日協力」の光と影 [著]ミンガド・ボラク

 モンゴルの草原を馬で走ったことがある。遠くに馬の群れのように走る一団がいて、ラクダだった。砂漠地帯ではラクダを馬代わりに使う。南下すればゴビ砂漠を含む中国の内モンゴル自治区が広がっていることを実感した。日本ではほとんど忘れ去られているが、内モンゴルは近代日本が長らく関与し続けた地域だ。東部は旧満州国(中国東北部)に組み込まれ、組み込まれなかった西部も関東軍が各地の役所に日本人顧問を派遣し、政界を掌握した。初等教育では日本語教育が行われ、各地に日本特務機関がおかれ、植民地といっていい状況が生まれていた。
 本書は、特務機関となった寺で日本人と暮らした人や、日本軍に入隊した人など内モンゴルの証言者を探し当て、当時の生活やその後「対日協力者」となった苦難についての語りを通して、日本と内モンゴルの関係を浮かび上がらせる。終戦までは、日本の特務機関がおかれた寺は、ソ連寄りと疑われた「モンゴルのスパイ」の拷問や殺害が行われ、貝子廟(びょう)という寺院では日本人の撤退後「日本特務をかばった罪」でソ連軍により45人の僧侶が殺されてもいる。列強の疑心の狭間で多くのモンゴル人が殺されたのだ。中国で戦後「対日協力者」が民族の裏切り者として死刑や重罪になったことは知られているが、内モンゴルの戦後の混乱はあまり知られていない。中国に組み込まれ断行された「土地改革」では、その名の下に殺人も横行、「文化大革命」でも「日本の走狗(そうく)」と弾圧された人が多かった。
 モンゴルは、結果的に内モンゴル自治区とモンゴル国の南北に分断された。日本が関与した歴史の重みに比し、多くのことが忘却されている。とりわけ、モンゴル人の英雄である「チンギス・ハーン=義経説」を現地に押し付け教育していたことは驚いた。有名な珍説を笑って語る前に、日本人が知らなければいけないことがある。
    ◇
Minggad Bulag 1974年、内モンゴル自治区生まれ。翻訳家、通訳。著書に『「スーホーの白い馬」の真実』など。