人によって答えが変わる「もし」が好き
2019年は単行本を3冊刊行、うち2作が芥川賞候補作になった。いま注目の作家、高山羽根子さんの『如何様(イカサマ)』(朝日新聞出版)は、本物とは何かを問うてくる。
ほとんど顔を見ないまま祝言前に出征し、敗戦後に復員した夫は「赤の他人」だった。両親は過酷な戦地で顔立ちが変わったのだと合点し無事を喜ぶ。夫はしばらく絵を描き、姿を消した。語り手の記者は、妻や両親らの声を集めて男の真贋(しんがん)に迫ろうとする。
「物語を考えるというより、思考実験が浮かぶのに近い形で、いつも小説は始まります」。正解はない、人によって答えが変わるような「もし」が好きなのだという。
1975年生まれ、多摩美術大学絵画学科卒。絵と文を行き来しながら表現をしてきた。美術の特殊性は以前から気になっていたという。「如何様」では夫が贋作(がんさく)を得意とする画家という設定が謎を深め、物語を真贋の先へと向かわせる。「サインが本物か、絵がどうかが本人かどうかを左右する。真偽が本人と切り離されて評価されるのが面白い。サイン本だって、物語の質は同じなのに価値が上がるのは不思議ですよね」
敗戦直後が舞台。これまでのどの作品も懐かしさを帯びていた。「子どもの頃、近所にシベリア帰りのおじいさんがいた。戦争の当事者ではないけれど、私の世代にはまだ肌感覚があり、次第になくなっていくでしょう。印象を書き残しておきたい。自分の周りを丁寧に書いていくことで、自分の形も現れるはずだと思っています」(中村真理子)=朝日新聞2020年2月5日掲載