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「息吹」書評 AIの世界で人間の本質問うSF

評者: 長谷川眞理子 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月22日
息吹 著者:テッド・チャン 出版社:早川書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784152098993
発売⽇: 2019/12/04
サイズ: 20cm/430p

【英国SF協会賞】【ヒューゴー賞】【ローカス賞】【SFマガジン読者賞】人間がひとりも出てこない世界の秘密を探究する科学者の、驚異の物語を描く表題作ほか、「予期される未来」…

息吹 [著]テッド・チャン

 知る人ぞ知るSF作家のテッド・チャン。前作『あなたの人生の物語』から17年目の新作である。収められた作品は、ショートショートから少し長めのものまで、どれも洞察に満ちていて切れ味鋭い。
 舞台はいずれも現代ではないが、いきなりそこの社会での話になり、背景情報がない。読み進むうちに、ああ、こういう世界の話かとわかってくる。そして、そこに込められたイメージの源泉がつなぎあわさって、作者が問題にしていることが理解できてくる。
 本書の作品群を通じての大きなテーマは、人間の本質である。近年、脳科学がどんどん進み、同時にAIとロボットの技術も大幅に進展した。意識とは何か、記憶と経験とは何か、子供が育つとは? こんなテーマが中心のSFは、ここまでの脳科学やAIの発展があってこそ、可能になったように思う。
 汎用型AIやビッグデータの世界がどんなものになるのか、今の私たちは、10年前と比べても、ずっとイメージしやすい。そういう世の中になったから、こんなSFが書かれるようになったのだろう。
 昔のSFの多くは、物理的な技術が進んだ未来を描いても、そこに登場する人間たちは、今に生きている私たちと同じ人間だった。だから、どんなに進んだ技術の未来が描かれていても、作家が住んでいる時代の男女差別の感覚などがそのまま持ち越されていた。
 私は、AIやロボットやビッグデータの利用がもっと進んだ世界で育つ人間は、今の私たちとは違う人間になるのだと思う。だから本書のような世界の登場人物たちは、私たちとは違う感性を持ち、違う常識を持っているのではないか。
 しかし、本書に描かれている人間たちは、やはり、今の私たちと同じ人間なのだ。だから本書を読んで共感できるわけか。まるで異なる未来人を描いてみても、読者は振り向かないのかもしれない。それとも?
    ◇
Ted Chiang 1967年生まれ。SF作家。90年にネビュラ賞。ヒューゴー賞も4度。『あなたの人生の物語』など。