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「プレジデント」新編集長が語る 「絶対に成長しない」働き方のすすめ

難病に罹り1年半の闘病が人生を変えた

――小倉さんはもともと、小池百合子さんが環境大臣や防衛大臣を務めていた頃の秘書をされていたそうですね。国会議員秘書から雑誌編集者になろうと思ったのはなぜでしょうか?

小倉健一編集長(以下、小倉):小池さんの秘書をしていた頃に血液の難病に罹(かか)って、1年半ほど闘病生活を送ったんですね。それでこのまま秘書をしていてもみんなに迷惑をかけるかなと考えて、他の仕事をしようと思ったのです。小池事務所に、取材の合間に時間つぶしに来る新聞の記者さん、雑誌の編集者さんと毎日くだらない雑談をしてゲラゲラ笑っていたんです。それがあったので、新聞か出版でいきたいなと。タイミングもあったのかもしれませんが、弊社にご縁をいただきました。

メディア不信の橋下徹さんとは条件交渉

 ただ、永田町を出てもやっぱり政治の世界は面白いですし、ビジネスに通じる話もたくさんあるので、編集者の立場で政治関連の企画を積極的に手がけるようになりましたね。

新編集長として1号目になる3月20日号(写真:時津剛)

――元大阪市長の橋下徹さんと、元小泉純一郎総理の首席秘書官だった飯島勲さんの連載コラムも、小倉さんが論客としていち早く目を付けて立ち上げたそうですね。お二人とも手強(てごわ)そうな方ですが、どのように口説かれたのでしょうか?

小倉:橋下さんが、大阪市長の退任会見で、「メルマガでもやってこれまでのことを全部書く!」とおっしゃっていたのです。橋下さんは、今でこそ実績を評価されていますが、当時はメディアにめちゃくちゃに叩(たた)かれていて、僕ら出版社にも強い不信感を持っているような印象を持ちました。なので、直接、読者に届くメルマガを選びたいのだと推測したのです。そこでまず自由にメルマガを書いていただいて、その内容をもとに本誌、WEBメディアの「プレジデントオンライン」を連動させていく提案をしたらご快諾いただけました。森羅万象すべてのニュースにものすごい熱量でコメントをされるので、メルマガの購読者数はものすごく増えましたね。

 飯島さんは、今はだいぶ穏やかな雰囲気になりましたけど、11年前に連載を依頼したときはすごく迫力ある顔で近寄りがたくて、ドスの効いた声で話すので、ビビりながら依頼に伺ったんです。当時から怖い話ばかりするんですけど、時折、エッというようなこともおっしゃるのです。記憶に残っているのは、総理大臣の秘書官だったころの話。忙しすぎて睡眠時間が毎日1、2時間だったそうなんです。深夜過ぎまで「新聞のトップ記事」を巡って、官邸の番記者さんたち相手に凄(すさ)まじい情報のやり取りをして、今度は午前5時に実際のトップ記事を確認して、政権運営に支障をきたすような事項は、総理が起きてくるまでに片付けていたそうです。で、ここまでは過去になんとなく話を聞いたこともあったのですが、飯島さん、そんな毎日ですから、とっても眠かったんだそうです。とにかく眠い。眠いけど仕事は終わらない。

睡眠不足の解消法をマグロに学んだ飯島勲さん

 そこで飯島さんは、農水省のお役人さんに指示して、渡り鳥やマグロがいつ寝ているのかを調べさせたのです。渡り鳥やマグロができることを人間である自分ができないはずはないと(笑)。調べてみると、渡り鳥は海面に浮かびながら寝ているけど、マグロは寝てない(休息行動をとらない)ことがわかったそうなのです。で、他にも、馬は立ったまま寝るとか、17年間も寝続ける虫がいる(ネムリユスリカ)とか、そんな話ばかりで記事をつくったら大反響を呼びました。編集部もビジネスに何の役に立つのかわからない記事での反響ですから正直戸惑いましたし、さすがの飯島さんもあまりの反響にびっくりしていましたね。

編集者の仕事は「読者の代わりに怒られる」

――お二人とも、歯に衣着せぬ物言いが人気の方だけに、覚悟と勇気がなければ簡単にはアタックできないですよね。

小倉:飯島さんと打ち解けて話せるようになったのも、さきほどの睡眠の記事からです。それまではとにかく怖くて仕方がなかった。でもこの人と仕事したいと思ったら、どんなに怖くても会いに行って、読者を代表して怒られてくるのも編集者として大事なことだと思うんです。ダメな自分を思い起こして、こんな立派な人相手に、こんなバカな質問をしたら怒られるんじゃないかとビクビクしてやった記事のほうが読者の共感を呼びますから。もちろん、ビジネス誌として聞くことは聞いてからの話ですよ(笑)。

衝動的に買ってもらえるかどうか、の闘い

――他の連載陣にも切れ味鋭い論客が並ぶ一方で、毎号60ページを超える巻頭大特集のインパクトも大きいです。ビジネス誌で10期連続ナンバーワンの部数を維持しているそうですが、「プレジデント」の強みはズバリ何だと思われますか?

小倉:新聞と違って、雑誌はパッと見て衝動的に買ってもらえる話題性がなければ生き残れません。ですから、お金を出していただくに値するようなビッグネームを揃(そろ)え、常に話題をつくり続けることにはかなり力を入れています。特に、巻頭大特集はボリュームがあるので、テーマ選びは真剣勝負ですね。デザインにも実績ベースで20年間で8億円を超えるお金をかけていて、とにかく直感的に読みやすく、わかりやすいを追求しています。新聞や週刊誌と違って、(月2回刊なので)時間はありますから(笑)。それはそれは気の遠くなる作業の連続です。

「校了したら飲み歩く」が編集長の伝統

 余談ですけど、そんなストレスに耐えかねたのか、「プレジデント」の歴代編集長は、校了後に派手に「飲み歩く」ことが伝統です。ある人は、朝まで飲み続けて、卓球やったり、オセロやったり。ある人は、歌舞伎町で毎晩のようにボッタクられてきて、シラフのときに送られてきた請求書見て「あちゃあ」とか言ってたり。もうめちゃくちゃですよね。でも、わたしはプレジデントのこんな社交的な雰囲気は大好きですし(笑)、今の20代の編集者は、誰とも飲まずに、さっさと家に帰っているのですよね。将来がとても心配です。

情報過多の時代だからこそ雑誌は強い

――そこまで力を入れて特集主義を貫いているのはなぜでしょうか?

小倉:やっぱり、情報の洪水から、読者を守りたいんですよ。居酒屋行って、焼酎が100種類あっても人間は適切な選択肢を選べないんです。居酒屋の大将やフレンチレストランのソムリエが、おすすめのお酒を5種類ぐらいに絞ってからでないと、お客は、判断能力が著しく落ちるし、選んだときの後悔が増すのです。これは、単に僕が実感として言っているのではなく、弊誌でも米・ニューズウィーク誌でも取り上げられた、行動心理学の研究結果です。

 メディアも同じだと思うのです。ネットには無限に情報が落ちていて、今なお、情報量は増えています。でも、その中から、正しい情報を選べというのは不可能なことです。信頼できる新聞、雑誌、メディアが、情報を整理整頓してあげないことには、判断能力も幸福度も落ちる。あれだけ、朝日新聞をはじめとするメディアを徹底批判した橋下さんだって、今でも毎朝、朝日新聞を含む全国紙を全紙読んでいます。読みながら、自分の考えをまとめているのです。

 僕たちもそういう存在でなくてはいけませんし、大特集主義を旗印に、そのテーマに沿った読者に役立つ情報をかき集めて、整理するのが「プレジデント」の役割なのでしょうね。誌面で紹介するやり方を、読者に100%受け入れてもらえるとは思っていません。信頼できるメディアであり続けることで、読者へ人生のヒントをたくさん届けたいのです。

小倉編集長が立ち上げた人気コラム「橋下徹 ノーサイド・トーク」

「雑誌が好きで好きでしょうがない」

――クオリティー維持は雑誌の生命線ということですね。特集のテーマやタイトルはどのようにして決めているんですか?

小倉:わたしは、雑誌オタクなんです。雑誌が好きで好きでしょうがないんです。文春、現代、女性セブン、婦人公論……。ここでは言うのもはばかれるような雑誌でも数十誌を毎号愛読しています。現場の編集者時代は、花田紀凱さん(元「週刊文春」編集長。現「月刊Hanada」編集長)や元木昌彦さん(元「週刊現代」編集長)、櫻井秀勲さん(元「女性自身」編集長)に憧れていて、彼らがつくる特集がよく売れていたので、話を聞きにいったこともありました。当時の雑誌は今読んでも面白いですよ。その黄金期と比べると、雑誌のダイナミズムがなくなってしまったような気がします。編集長が売れ行きばっかり気にして他誌の真似事(まねごと)を繰り返すうちに、現場のモチベーションが下がってしまったのだろうと思います。雑誌編集部の仕事は正直きついし、やっていることも面白くないでは、いい人材が逃げていきますよね。

読者は経営者が多いけど、女性も4割いる

 そんな事情もあって、特集テーマの決定はいつも悩みます。マーケティングを駆使して数字ばかりを追ってもダメだし、現場が面白半分で暴走してもダメです。とはいえ、特集を決めるにあたって、「プレジデント」の読者って、たぶん、こんな人たちかなって思っていることはあるのです。

 新幹線には乗っているだろうな。飛行機も、時間が合えばLCCにだって乗るし、国内キャリアも1000円出してプレミアムエコノミー、安ければファーストクラスに手が届くかもしれない。深夜バスはよっぽどのことがない限り、乗らないだろう。子どもがいるとすれば、中高一貫校に行かせようか迷っているだろうな。親は田舎にいて、ちょっと認知症かもしれない。服は『ユニクロ』をベースに、一点豪華主義……。

 という読者のライフスタイルを想像しながら、この人たちが読みたいものは何かを絞り込んでいきます。昔は、「プレジデント」といえば経営者が読んでいるイメージも強く、実際に今でも他の雑誌よりは多いのですが、アクティブな40代、50代が中心で、女性読者は4割近いです。タイトルについては、特集が決まれば、自然に決まっていきます。

編集部はサファリパーク、好き勝手にやる

――小倉さんは政治家の元秘書ですが、他の編集者も転職組が多いのでしょうか?

小倉:「プレジデント」というタイトルのせいか、編集者は真面目でおとなしいイメージを持たれやすいのです。でも実際は、僕をはじめJAXA、外資系、メーカー、テレビ局など異業種から参入した人が多い。しかもみんな自由に好き勝手やりたいことをやっているので、まったくまとまりがないサファリパークのような編集部です。この話をうちの編集部をよく知る他社の編集者にしたら、動物園やサファリパークではなく、お化け屋敷の間違いだと言われました(笑)。その多様性を大事にしているところが小誌の強みでしょうね。

不器用な人間が面白いと思う企画が面白い

 なぜなら、つくるほうが面白がって生きていないと、面白い企画は生まれませんから。人を採用するときに「こんな優秀な人がいますよ」と言われても完全無視。別に仕事なんてできなくても、デタラメな人間でもいいから、毎日、僕を笑わせてくれるような人に来てほしいと思っています。編集部員に課したルールはたった一つ。「新聞だけは毎朝必ず熟読してくること」です。これは誌面に登場する一流ともいわれる人たちとのコミュニケーションを図るのに必須だからです。

 素人で不器用な人間が面白いと思う企画こそ読者は必要としています。だから今回、編集長に就任したときも、部員たちには「絶対に成長するなよ」と伝えました。人間って、放っておくとすぐ成長してしまうものです。でも何でもできてしまう優秀なエリートが、上から目線でつくった記事ほどつまらないものはない。世間でいう超一流大卒も編集部にいますけど、企画づくりからすれば、彼らはかなり不利といえます。自分の創造力、センスをどう鍛えるかは、教えることはできないし、しんどいけど編集者が自分で考えるしかない。

女性読者の増加を狙いデスクも女性が半分

――「プレジデント」の次の特集は「歴史・忘れない勉強法 日本史学び直し」ですね。このテーマも今こそ必要だと?

小倉:そうですね。僕が編集長になってからデスクにも女性を2名起用しました。デスクの女性比率も50%になりました。その人事の意図は、女性読者をもっと増やしたいということです。この歴史特集は、ぜひ子育てママに買ってほしいと思ったのがはじまりです。歴史の勉強、特に日本史を学ぶことには、大人になってからでも意味があると子どもたちに伝えてほしい。なので、なぜ歴史を学ぶのかについてページを多めに割き、特集全体を通して日本史はこんなに面白いと確信してもらえるつくりにしたつもりです。もちろん、育メンパパでもいいです(笑)。

 これからの「プレジデント」は、今までの自由で多様な記事づくりを続けながら、読者本人にとっても、子どもが社会に出てからも役に立つ初心者、入門者向けの企画にもっと力を入れていきたいと思っています。(構成:樺山美夏、小倉編集長の写真はプレジデント社提供)