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「旅する黒澤明」 国別に変幻するHigh & Lowの形 朝日新聞書評から

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月29日
旅する黒澤明 槇田寿文ポスター・コレクションより 国立映画アーカイブ開館記念 著者:国立映画アーカイブ 出版社:国書刊行会 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784336065438
発売⽇: 2020/01/24
サイズ: 28cm/111p

旅する黒澤明 槙田寿文ポスター・コレクションより [監修]国立映画アーカイブ

 クリスチャンが「聖書」を開くように、世界30カ国で制作された黒澤明の映画ポスター集を僕は飽きずに毎日眺めている。本書に集録された82点の全てが傑作というわけではないが、黒澤映画の芸術性と大衆性、つまり〝High & Low〟によって二分された形で、それがそのままポスターに反映されている。さらにその両者がお国柄によって、再び多様な表現様式を生む。そんな文化的差異を味わう愉しみから、ついに毎日本書を開くことになった。
 映画ポスターはデザイナーによっては垂涎の魅力的媒体であるにもかかわらず、わが国の水準は、商業主義に服従してしまっている。それに比べて海外で制作された黒澤映画のポスターは、自由奔放に暴れまくっているだけでなく、質の高さに圧倒される。
 特に昔からポーランドとチェコは国を挙げてポスター芸術の向上のためにあらゆる支援を惜しまなかった。この両国にはそれを証明するかのようにポスターやデザインの国際ビエンナーレが存在する。そうした社会的背景がそのまま黒澤映画のポスター水準を高めており、その自由な表現が高じて、中にはひとりよがりの芸術至上主義に走って何の作品かわからないものもあるが、逆にこのような暴走的な作品がデザインのレベルを向上させていることを考えれば、こうしたトリックスターの存在も評価されよう。
 ポーランド、チェコに対抗するのはアメリカの合理的機能主義のモダニズムデザインだが、この一連のデザインはハリウッドスタイルとは一線を画している。この影響を受けているのは、ラテン系の国々のポスターだが、その表現は写真ではなく絵画的であるのが古典的でいい。フランスのポスターはやや文学的、そして黒澤自身の筆による絵画的ポスターは如何にも芸術の都の産物である。
 僕も逆輸入の形で海外から依頼を受けて、ハリウッドのSF映画や三島由紀夫の『幸福号出帆』、高倉健の映画のポスターを描いた。向こうは自由のキャパがうんと広いので、思いの丈、楽しめた。日本の映画界も早く世界の芸術的水準のポスターを作ってもらいたい。
 冒頭で〝High & Low〟について触れたが、面白いことに「野良犬」のポスターには「High and Lowの伝統を受け継ぐ探偵映画の傑作」というコピーが書かれ、また、「天国と地獄」の題名が〝High and Low〟となっているのも笑ってしまう。
 〝High & Low〟は、「高尚な芸術と大衆芸術」の意であるが、黒澤映画は〝High & Low〟の魅力そのものといっていいのではないだろうか。
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 National Film Archive of Japan 映画フィルムや映画関連資料を収集し、保存・研究・公開を通して映画文化の振興を図る国立映画機関。東京都中央区京橋3丁目に展示室を備えた施設がある。