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「東京ホロウアウト」書評 現実と共振する物流サスペンス

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2020年04月18日
東京ホロウアウト 著者:福田和代 出版社:東京創元社 ジャンル:小説

ISBN: 9784488028077
発売⽇: 2020/03/19
サイズ: 20cm/367p

東京ホロウアウト [著]福田和代

 2020年7月、オリンピック開幕直前の東京がテロに襲われた――。
 という設定でわかるように、本書が執筆されたのはコロナ禍が起きる以前である。そういう意味では、タイミングがずれたと思われるかもしれない。
 だが、それは逆だ。むしろ今の日本で進行する問題と、本書ははからずも大きくシンクロすることになった。なぜか。本書のテーマが〈物流〉だからだ。
 東京を走るトラックを標的にしたテロ予告電話が新聞社に入る場面から、物語が動き出す。宅配便の荷物にしかけられた青酸ガス発生装置、東北本線の線路での爆破事件、常磐自動車道のトンネルでの人為的な火災、トラックを狙ったさまざまな手段での走行妨害。そこに台風という自然災害が加わり、地方と東京を結ぶルートがひとつずつ切断されていく。
 東京圏3600万の住民とオリンピックのために訪れた外国人客や選手。そこに食糧が届かない。住民は買い溜めに走り、スーパーの棚は空になり、SNSがパニックを煽り、都政の対応は後手に回る。どこかで見た光景ではないか。
 これに対抗するのがトラックのドライバーたちだ。本書はテロの犯人を追うサスペンスだが、物流というインフラを担う人々の描写こそが主眼なのである。あるドライバーが言う。
 「俺たちは、単にモノを運んでるわけじゃない! 俺たちが運ぶのは、信頼だ」
 また他のある人物は、道路を血管に喩えてこう言う。「俺たちは、この国の隅々まで『酸素』を届ける『血液』だからな」
 作る人、運ぶ人、売る人がそれぞれ自分の役目を全うしようとする姿に胸が震える。店に品物があるという〈普通の状態〉は、大勢の人の努力の賜物なのだ。
 本書には同時に、ドライバーの労働事情や都市の持つ脆弱性、地方からの搾取といったさまざまな問題提起もある。まさに今、読まれるべき作品だ。
    ◇
ふくだ・かずよ 1967年生まれ。作家。2007年、『ヴィズ・ゼロ』でデビュー。『梟の一族』『カッコウの微笑み』など。