「かわいい」と思うものを描いて、人に見せたい
――水沢さんが漫画家を志したのは何歳くらいだったのですか?
私は幼いころからお絵描きが大好きで、自分の記憶がないころから「あなたはずっと絵を描いていた」と母が言っていました。絵を描くっていうことが、自分では当たり前みたいになっていたんです。漫画というものを初めて意識したのは、小学3年生の時、母に買ってもらった『小さな恋のものがたり』(みつはしちかこ作)を読んで「漫画の世界ってすごくかわいくてステキだな」と思ったんです。最初は、チッチとサリーみたいにちょっとギャグっぽい要素のある作品を描いていたんですが、小学5年生の時に、友達がすごくかわいいファイルを持っていて、それが「りぼん」の付録だと聞き、私も付録欲しさに買って読んでみたら、そのころは乙女チック漫画の全盛期で、田渕由美子先生や陸奥A子先生、太刀掛秀子(たちかけひでこ)先生の作品のようなかわいい漫画がいっぱい載っていて「わ、何だこの世界は⁉」と思いました。その時「私はこの『りぼん』に載る漫画家になる」って決めたんです。
――小学生のころから「『りぼん』に載るんだ」と一途に思い続けて、その夢を叶えたんですね!
「りぼん」に載る漫画家を夢見るというよりも、「私は絶対になる!」って確信していました(笑)。自分の進むところだっていう感覚が自分の中にあったんですよね。
――高校1年生でデビューされたとうかがい、驚きです。今に置き換えて考えてみても、16歳でデビューは早いですよね。当時でも珍しいことだったのでしょうか?
当時は、18,9歳くらいでデビューされた方もいらっしゃったんですけど、高校1年生は特に早かったようで、他の漫画家さんにお会いした時に「すごい早くにデビューした人がいて、ちょっと気になっていた」と何人かの方に言われたことがありました。少女漫画家の萩岩睦美先生が私の2歳年上なんですけど、同じく高1でデビューされたんです。それで「私も高校生のうちに絶対デビューしたい!」と思っていたので。まさかこんな早く叶うとは思わなくてビックリもしたんですけど、夢だったので嬉しかったですね。
――そして昨年、デビュー40周年を迎えられました。おめでとうございます!これまでを振り返ってみて、いかがですか?
デビュー当時はこんなに長く描いていられるとは思っていなくて、最初はとにかく「頑張って10年は続けよう」と思っていたんですけど、あっという間に40年たった気がします。こうなったら、どこまで続けられるか挑戦してみようと思っています。
――作品を掲載する雑誌も『りぼん』から『姉系プチコミック』へ。主人公も、学生から社会人へとシフトしていますが、読者や作品の主人公の年齢が上がることで、何か心がけていることはありますか?
ある時期から、ずっと大人向けの作品を描いてみたいと思っていたんです。自分も年齢が上がるにつれて、色々なことを経験して、思うようになったことを踏まえたものを描いてみたいと思っていたんです。でも、私は『りぼん』の中では小さい子向けのポジションみたいになっていて、中々大人向けの作品を描ける機会がなかったんです。そんな時『プチコミック』の方が声をかけてくださったので、自分の中ではとても自然な流れでした。描きたいネタも色々あったので、特に大人向けだからと意識したことはなかったですね。
自分が20代の時に思っていた30,40代の人って、色々なことを超えて、あるところにまでいってしまっているような「大人」というイメージがあったんです。だけど、いざ自分がその年齢になってみると「若いころと全然変わらないじゃん!」って思うんですよ。
恋愛の感覚もずっと変わらない感じがします。例えば、だれかと付き合う時に「この人って私のこと好きなのかな?」とか「私、この人のこと好きなのかも」っていう微妙な感覚や、ちょっとしたことにときめいたり、ドキドキしたりすることは10代のころと変わらないんです。なので、主人公が大人になってもそういうことを描けばいいのかなと思ったし、私はかわいい絵を描くことが大好きで、それはずっと変わらないので、大人向けの漫画だから大人っぽくするというよりは、大人もかわいいものが好き、という自分の感覚を作品にも出していきたいなと思います。
――私もずっと水沢さんの作品を読み続けてきましたが、かわいらしい絵(特に女の子の笑顔!)と、キュンキュンするストーリーは変わらないですよね。その瑞々しい感覚を持ち続ける秘訣って、何かあるのでしょうか?
そんなそんな(笑)、ありがとうございます。多分私、精神年齢が低いんだと思います。今も街でかわいい女の子を見かけると「あ、こんな子描いてみたい」って思ったり、だれかのステキな恋愛話を聞くと、「それ漫画で描いてみたい」って思ったり。そういう描いてみたいことや、表現してみたいことが、何歳になっても減っていかないんです。これから先は分からないけど、今のところは昔と変わらずにどんどん出てきますね。
――最新作の『君の手が紡ぐ』(以下、『君紡』)は、髪をステキに切ってもらったことで主人公の紡(つむぐ)が美容師を目指すストーリーですが、美容師のお話はずっと描いてみたかったそうですね。
娘の一人が美容師なんです。それまでは美容の世界って全く縁がなかったんですが、やっぱり娘がいざ美容師になると、まず専門学校に2年通って、就職しても最初は下働きみたいなことが多く、夜中に帰ってきて早朝に出かけて行き、毎日3時間睡眠という感じで「体を壊さないかな?」とハラハラしていたんです。時々はへこたれて、泣いて帰ってきたこともありましたが、娘が一生懸命必死になって食らいついていく様子を見ていたし、できることも段々増えて、一人前になっていく様子を見ていたら「すごい世界だな」と思ったんです。 この世界の大変さとステキなところを漫画で伝えられるといいなと思っていました。
――『キラキラ100%』の主人公・みくも、最初は地味な女の子だったけど、髪型やメイクを変えたことで少しずつ変わっていきますよね。やっぱり女の子にとって「見た目」を変えることは、自分の内面も変われるきっかけになるのでしょうか。
時々、テレビで「ビフォーアフター」みたいな番組を見ると、見た目が変わることで、その子の表情もすごく生き生きしているので、見た目ってすごく気持ちに作用するんだなと思います。自分自身で考えてみても「今日の服、似合っているな」って思うと気持ちも浮かれますし(笑)。そういうことってありますよね。きっと多くの女の子が思っていることかなと思うんですけど、外見で悩んだり、ちょっと変わって嬉しくなったりするっていう気持ちがすごくかわいくて! あとは、女の子たちがワチャワチャと楽しそうに集まっているところを見かけると「これからみんなで美味しいものでも食べに行くのかな?」と微笑ましく思うし、そういうところを見ているだけでも「かわいいな」と思うんです。そういう女の子のかわいい部分が大好きなので、そのかわいさをこれからもたくさん描いていきたいです。
――少女時代に水沢さんの作品を読んでいた読者の多くが、今はアラサー、アラフォーくらいの年齢になっている方が多いかと思います。30代以降になると、それぞれのライフスタイルが確立される一方で、仕事や恋愛、将来についてなど悩むこともたくさんあると思うのですが、作品を通して伝えたいことはありますか?
私は作品で何かメッセージを伝えたい、と考えて描いているわけではないんですが、「この漫画を読んでよかったな」ってほっこりした気持ちになってもらったり、ちょっと気持ちが楽になったり、元気になったり――。そういう読後感のある作品にしたいということは、ずっと思い続けています。
以前、下の娘が体調を崩した時、枕元に私の漫画を何冊か置いていて「これを読んでちょっと元気を出す」みたいなことを言っていたんです。自分の作品を娘に読まれる恥ずかしさもありましたが、その時は嬉しいなと思いましたね。
――水沢さんの代表作と言えるのが『姫ちゃんのリボン』だと思っているのですが、「魔法」と「変身」が、『君紡』と共通しているなと思いました。
私、「魔法」っていう言葉が大好きなんです。子供のころ好きだったアニメが「魔法使いサリー」や「ひみつのアッコちゃん」のような魔法で変身する女の子のお話で「いつか魔法ものを描いてみたい」と当時から思っていたので「姫ちゃん」は満を持して、という感じでした。よくよく考えてみたら、初連載の『ポニーテール白書』でも、お母さんが「ちちんぷいぷい、ちちんぷい」と言って、主人公に魔法をかけるみたいなシーンが出てくるし、今、他誌で描いている小学生向けの連載でも、普通の子が魔法の力で変身してモデルになるというストーリーだし、今回の『君紡』でも「魔法」や「変身」というよく言葉を使っているんですよね。昔から魔法や変身という言葉に弱いのかなという気がします。
――水沢さんが少女漫画を描き続けている原動力になっているものって何でしょう?
漫画を描くことが当たり前みたいになっているので、むしろ「描いちゃダメ」って言われたらどうしたらいいのか分からなくなってしまいます(笑)。読者の方からの反応はもちろんありがたいですが、たぶん私は、昔から人に自分が描いたものを見せるのが好きなんだと思います。幼いころから引っ込み思案で内向的な子どもだったんですけど、自分が描いた絵や漫画は人に見せたくて、欲しいと言われたらあげていました。
あとは「女の子たちってこんなにかわいいんだよ。その気持ちはこんなにステキなんだよ。そのステキなものをみんな見て!」と思う気持ちでしょうか。中々思う通りに伝えることが出来なくて、モヤモヤした気持ちはいつもあるんですけど、「かわいい」と思うものを描いて見せたくなる気持ちがずっとあるので、それが原動力の一つとなって今も漫画家を続けているんだと思います。