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志村貴子さん「おとなになっても」インタビュー 群像のなかの〝大人百合〟描きたかった

文:横井周子

社会の中で生きる大人の女性同士の恋

――志村さんの「大人百合」、待っていた読者も多いはず。『おとなになっても』執筆のきっかけを教えてください。

 『こいいじ』を描いている時に、次は百合というか女性同士の話を描きたいと思ってたんです。『こいいじ』を「これもうどうやって終わらせよう」ってあせってたっていうのもあるんですけど、未来の自分が全然違うものを描いているビジョンを心の拠りどころにしていて(笑)。そうしたら担当編集者の上村さんが「大人百合を描きませんか」と言ってくれたんですね。

上村(以下U) あるインタビューで「今後描きたいものありますか」っていう質問に対して志村さんが「大人の百合を描きたい」と仰っていて、その場で「あっそれ私にください!」って手を挙げました。

 志村さんには以前『青い花』という百合ものの大傑作を描いていただいているんですよね。『青い花』は少女時代をメインで描く百合だったので、次はその先の、大人の女性たちの話だったら、仕事とか家族とか社会の色んな関わりの中で女性同士の関係を描いてもらえるんじゃないかなって。ぜひチャレンジしてほしいなって思いました。

――ストーリーはすぐに思い浮かびましたか?

 1話目の展開は打ち合わせで本当にあっという間に出来上がりました。おもしろいなって思うんですけど、上村さんと話してると雑談がちゃんと打ち合わせになるんですよ。ずっとすごく楽しく話が脱線してても上村P(プロデューサー)がアンテナを張り巡らせているから、ぽろっと出てきた話に急に「あれ、それエピソードとして使えるんじゃない?」って。「……実はそう思って、私もPに話したの☆」みたいな(笑)。Pがすごく有能なんです。一人でもんもんと机に向かっているだけだとたどりつけないゾーンがあるなと思います。

 ただ、打ち合わせでは「すごい。もう描くだけじゃん」って思ったのに実際描き出してみたら意外と筆が進まなくて(笑)。そこまで含めて『青い花』を描いた時と同じですね。

『おとなになっても』1巻p12 ©志村貴子/講談社

――あうんの呼吸でまとまっていく打ち合わせ、いつも楽しそうですよね。たとえばどのエピソードがそうやって生まれたんでしょう。

 ちょっとだけ具体的に言うと、私、初対面の女の子に居酒屋で口説かれたことがあって。日常の中に女の子に口説かれたりすることって結構普通にありますよねって話を志村さんにしただけなんです。そこから先は全部志村さんが考えて、流れもキャラも全く違うものになってるんですけど。おしゃべりにしゃらら~って魔法をかけてくれた。

――綾乃と朱里の出会いのエピソードはそこからだったんですね。第一話の恋の落ち方も鮮やかです。ぺージをめくったらキス!

 そう、話が早いんです。インパクト重視。『おとなになっても』は展開があまりだるくならないように、物事をさくさくと進めようという意識で描いてます。目標は一話一話、海外ドラマのような引き! そしておのれの首を絞めていく。この引きどうすんのって。

『おとなになっても』1巻p27 ©志村貴子/講談社

「女だからじゃなくてあなただから」っていうのは好きじゃない

――作者から見た主人公たちはどんなキャラクターですか。

 自分でも発見だったのが、朱里のキャラ。最初に全部設定していたわけではなくて、第三者的なキャラクターたちが朱里についてポツポツ言うセリフからちょっとずつ朱里の性格を決めていったんですけど、コミュニケーション能力が高い人なんですよね。好かれやすくて、人間関係が広がりやすい。これまで私はどこか踏みとどまっていたり、飲み込んで言わないことばがあるようなキャラクターたちをたくさん描いてきたと思うんですけど、朱里は動かしやすいと思ったの。ストーリーを作りながらも、朱里ならこういうことがあってもいいかって思えるというか。

 このあいだ雑誌(「Kiss」2020年4月号)に載った回では好きな人の旦那さんから好かれてるっていう不思議な状況を描いたんですけど、でもそういうことが起きるのって朱里がもともと持っている天性のものなんですよね。他のキャラクターだったら避けるようなことも、角が立たないように行動してくれる。描いていて新鮮なキャラクターですね。

――綾乃のほうは、見た目と中身のギャップに意外性があるキャラクターですね。

 おとなしめに見えて結構大胆。ギャップのある人は好きなんですよ。真面目そうに見えて実は肉食っていう『青い花』のふみちゃんタイプのキャラになるのかなと自分でも思っていたんですけど、2巻で綾乃には綾乃なりの切ない過去があるということを描けたので。朱里とだから大胆になっただけなのかなって今は思いますね。

『おとなになっても』1巻p84 ©志村貴子/講談社

――運命的な恋。綾乃の場合は朱里が好きで、それがたまたま女性だったという感じにも見えますが……。

 たとえば「男だから好きなんじゃなくてお前だから」とか言っちゃうのが私はあまり好きじゃないんですよ。言い訳みたいで。「俺は男なんて本当は好きじゃないんだ」っていう。

――自分で質問しておいてなんですが、確かに。同性愛の時だけわざわざ言うっていうのは引っかかりますよね。

 あなただから、っていうのはもちろんで。男女でも男の子同士にしても女の子同士にしても、なんだって誰でもいいわけじゃないでしょって思うんですよね。「男好きなんだな俺」って思ったっていいじゃん。自分にもその可能性があったんだって。もちろんそういう葛藤があるキャラクターを掘り下げていくのは全然ありで、肯定できない感情が作者である自分の中に結論として言い訳みたいにあるのが嫌だというだけなんですが…。

――ああ、本当にそうですね。2巻で描かれた綾乃の初恋のエピソードにも、この話に通じる切なさがありますね。

 傷つけた自覚もあるけれど、タイミングを逃したら謝罪すらかなうことがない、「不用意な発言をしてしまった」という後悔の思い出ってありますよね。人間ってちゃんと忘れようとする生き物じゃないですか。全部覚えていると精神崩壊しちゃうから。だけどときどきパカって、ほんとに前触れなく記憶の蓋が開いてギャーってなることがある。

 子どもの頃学校帰りに友達に対してすごく憤ってキレてしまったことがあって、絶交状態になっちゃった。そのことを数年ごとに思い出すんですよ。いくら子どもでも絶対あんなこと言っちゃいけないって。もう多分彼女の顔を見てもわかんないと思うんだけど、忘れられない。マンガ家とはつくづく業の深い仕事だなって思いますが、そういう自分の過去の所業がネタとして使えるというね。もちろん全然そのままを描いているわけではなくて、そこからツギハギしていくんですけど。

『おとなになっても』2巻p161 ©志村貴子/講談社

描いた素材は余さず使う、鯨のように

――ちょっと無神経な姑に、引きこもりの妹など、綾乃の夫の家族たちとの人間模様も気になっています。どの人も、どこかに「これは私かも」って思っちゃうところがあるというか。

 百合を描きたいっていうのはもちろんなんですけど、二人だけの話を描きたいわけではなくって。私はもともと群像劇が好きで、結局はいろんな人間関係が描きたい気持ちが根底にあるんですよね。

 『青い花』を描いている時にも、女の子たちの恋は一時的なものじゃなくて続きがあるよということを示したくて、大人の女の人たちを出したんです。『おとなになっても』ではあの時と逆転した感じで、綾乃が小学校の先生なので、少しずつ生徒たちの問題も描きたいなと思っています。大人たちの話もあるけれど、これから未来がある子どもたちの悩みや関係だったりも描けたらいいな。

『おとなになっても』2巻p138 ©志村貴子/講談社

――『おとなになっても』というタイトルにもつながっていきますね。

 そうなの。このタイトルは上村さんが考えてくれたんだけど、これが活きるなって思って。私の場合いつも最初からきっちり考えているわけじゃないんだけど、描いたことは余さず使う。調理次第で全部素材として使えるのよって自分に言い聞かせながら、「なるほどね、鯨と同じね。捨てるとこなし」って。打ち合わせでもよく話してるんですけど、ユーミンの歌にあるじゃないですか。「目にうつる全てのことはメッセージ」(荒井由実「やさしさに包まれたなら」)なんですよ(笑)。

――(笑)。志村さんの作品はとても多層的で、一体こういうお話はどう描くんだろうかと何度聞いても不思議に感じるのですが、「余さず使う」は志村さんならではの創作術ですね。ちなみに、志村さんが影響を受けた女性同士の物語はありますか。

 百合とはちょっと違うんですけど、大好きな松苗あけみ先生の『純情クレイジーフルーツ』ですね。すごくコミカルにではあるんだけれど女子のコミュニティの意地悪な部分も容赦なく描かれていて、あの時代にあの新しさはすごいなって思います。

 初めて読んだ時私小学生だったんですけど、四人組がお互いにボロクソに言い合いながらも本当に仲が良くてすごく憧れましたね。こんなにあけすけでもいいんだって。そういう関係ってある程度大人になってから手に入れるものだったりするじゃないですか。小さい頃って友達の前でどんなにアホなことを言っていても自分のだらしない部分は見せたくなくて、猫をかぶってたりするから。

『どうにかなる日々』がアニメに

――5月8日にはオムニバスシリーズ『どうにかなる日々』のアニメが劇場で期間限定上映される予定です。もう20年近く前の作品になりますが、実は志村さんが百合を初めて描いたのもこの『どうにかなる日々』の中の一話なんですよね。

 「えっちゃんとあやさん」。『どうにかなる日々』を描いていたのは割としんどい時期で記憶があんまりないんですけど、あの話はちょっと手ごたえがありました。でもやっぱりまだ直視できない部分もありますね。今回キービジュアル用に描き下ろしの絵を描くためにちょっと見て、キャーって。

©志村貴子/太田出版・「どうにかなる日々」製作委員会

――もうアニメはご覧になりましたか。

 まだ完成版は観ていませんが、楽しみにしてます。

 結構前の作品なのでアニメ化のお話をいただいた時は驚いたんですけど、たまたま読んでくださったみたいで。ありがたいです。アニメ化の時って、自分でもそこまで考えていなかったっていうようなキャラクターや世界観の掘り下げをしてくださるんですよ。私の場合、自分のマンガをもとに使ってもらっているんだけれど、アニメの現場はわからないのでほぼ丸投げする状態なんですね。でも「この世界観を台無しにしてはいけないので、こういうふうに進めていこうと思うんですけど」って色々聞いていただいたりして、そんなたいそうな世界観じゃないのにすみません……って思ったりしながら。あと、上村さんが間に入ってくれているというのはすごい安心感があります。

――上村さんと一緒に立ち上げた最初の連載でもあるんですよね。上村さんにとっては『どうにかなる日々』はどんな作品でしたか?

U マンガ編集になったばっかりのまだひよっこの時に始めていただいた作品なので、私にとっても宝物です。こういうふうに作品をつくっていけば人に喜んでもらえるということを初めて経験したんですよね。版を重ねていくというセールス的な部分を含めて、編集としてやりがいを覚えた初めての作品です。

 アニメも、本当に愛情をもって作ってくださっていて。いいものになるっていう予感がどんどん確信に変わっています。クリープハイプさんによる主題歌のデモが昨日届いたんですが、素晴らしくて。完成した映画を観ながら聴いたら、私泣くかもしれません(笑)。原作ファンの皆さんも安心して楽しみにしていてください!

――『おとなになっても』の続きも、アニメ『どうにかなる日々』も楽しみにしています。 ありがとうございました。

志村貴子さんインタビュー 完結した「こいいじ」の切ない片思い