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「江戸の夢びらき」書評 初代團十郎秘話「たっぷりと!!」

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月23日
江戸の夢びらき 著者:松井今朝子 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163911960
発売⽇: 2020/04/24
サイズ: 20cm/351p

江戸の夢びらき [著]松井今朝子

 コロナ禍のため延期されている市川海老蔵の團十郎襲名披露。襲名すれば十三代目となるこの大名跡はどのように始まったのか。
 梨園(りえん)小説を得意とする松井今朝子の新刊は、江戸時代初期に一世を風靡した初代市川團十郎とその名を継いだ息子を、妻であり母である恵以(えい)の目を通して描いた物語である。
 延宝元(1673)年、芝居町で地子(じし、借地人)総代人の息子として育った少年が、才能を買われて芝居に出ることになった。彼が演じたのは怪童丸(金太郎)。全身を赤く塗り、大暴れして舞台道具を壊すという破天荒なもので、大きな評判を呼んだ。
 彼の名を海老蔵という。後の市川團十郎である。
 古典芸能の歌舞伎が、元禄の頃はまさに最先端のエンターテインメントだったことにまず驚かされた。客を沸かせるため、一瞬で衣装が変わるような工夫はないか、地面の下から人が出てくるように見せられないかと、アイディアを絞る。團十郎十八番「暫(しばらく)」の始まりや隈取(くまど)りの進化。團十郎の代名詞でもある「荒事」とは何かなど、今に伝わる歌舞伎の誕生秘話が満載でわくわくした。
 だがそれだけではない。團十郎の生きた時代には、元禄地震や大火、富士山の噴火があった。芝居どころではなくなった。赤穂事件や江島生島事件で、幕府による芝居への締め付けが厳しくなった。
 芝居は、エンターテインメントは、社会と無縁ではいられない。何かあれば真っ先に影響を受けるのがこのジャンルなのだ。それでも人々は團十郎を見に集まったのである。
 スターとしての苦悩や数々のトラブル、今も謎が残る初代團十郎殺害事件の謎解きを経て、偉大な父の影に悩む二代目の葛藤から覚醒へと物語は進む。
 幾多の困難を乗り越え、歌舞伎は、團十郎は、令和の今に続いている。その連綿たる歴史の産声がページから聞こえる気がした。
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 まつい・けさこ 1953年生まれ。作家。97年、『東洲しゃらくさし』でデビュー。2007年、『吉原手引草』で直木賞。