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「目撃 天安門事件」書評 現場取材と文献で実証する裏面

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2020年06月13日
目撃天安門事件 歴史的民主化運動の真相 著者:加藤 青延 出版社:PHPエディターズ・グループ ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784909417466
発売⽇:
サイズ: 19cm/234p

目撃 天安門事件 歴史的民主化運動の真相 [著]加藤青延

 天安門事件から31年が過ぎた。この事件は何を意味したのか。私はこれまで①政府側の証言②学生たちの理解③一般市民の声について書を読み、それぞれの意見を聞いたこともある。そこで最も知りたかったのが、④外国人ジャーナリストの客観的多元的な分析であった。本書は④にあたる書であり、この事件のからくりを理解できた。
 著者はNHKの特派員として、北京で一部始終を目撃している。その目撃譚と、有力者の日記や回想録を丁寧に読み込んでの記述は、まさに特筆ものである。
 折から人類史は共産主義体制の崩壊の時。民主化を求める学生の動きを体制の危機と受け止めた最高指導部の国務院総理・李鵬らは、学生の動きに同情的な改革派の党総書記・趙紫陽と対立する。最終的には戒厳令を発令し、天安門広場に座り込む学生の中に軍の戦車が突入して弾圧する。死者数は今もあいまいなのだが、本書は公安省の数字が「実態に近い」としている。
 本書の強みは、6月4日前後の取材で天安門広場近くに張り付いていたため、多くの事実を目撃したことと、その事実を組み合わせる歴史的透視力をもっていたことだ。広場の学生の前に現れた趙紫陽が、戒厳令の方針を伝えることはできず、涙を流して撤退せよと説得する姿を著者はスクープしている。この映像が、天安門事件の本質である。
 さらに、戦車の前に飛び出した白シャツ姿の男の姿は、世界を感動させた映像であった。弾圧を恐れない男、そういう男を決してひかない軍人たちをとらえたとみられている。しかし著者は、具体的に事実を提示し、これは壮大なトリックだったと論証する。31年後にこれほど実証的に天安門事件の裏面が描き出されたことに驚きと納得がある。
 当時の学生も今や50代だ。彼らは政治の冷徹と傍観者の目に苦しんだと話していた。その彼らに今、読ませたい。
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 かとう・はるのぶ 1954年生まれ。NHK専門解説委員。78年に入局し香港支局長、中国総局長などを歴任。