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鈴木理策写真集「知覚の感光板」 画家たちが訪れた地、作為排して表現

鈴木理策『知覚の感光板』から

 クロス地の写真集を開けるとまず、青空に浮かぶ雲と風にそよぐ草をとらえた一枚が登場する。次に「知覚の感光板」なる題名が現れた後、解説もなく淡々と57枚が続く。山道と空、森と木漏れ日、波立つ水面などと。

 おそらく海外だが、場所が分かる人は少ないだろう。いずれも浅い色調とあふれる光から、葉擦れの音や風、乾いた空気が伝わる。

 巻末に至りようやく、写真登場期の19世紀の画家たちが訪れた仏米の地を撮ったと分かる。題名はセザンヌの言葉。記憶という文脈に引きずられて世界を見る人間の知覚に対し、作為を排した、カメラという機械の純粋な知覚による表現を試みたようだ。

 鈴木の写真の特徴の一つは、多くの作品でピントが手前でも奥でもなく中景の比較的狭い範囲にしか合っていない点だろう。ふと振り向いた瞬間、意識せず目に入った光景に近い。さらにボケ味の部分は光をはらみ、直接光を見る原初的体験を思わせる。場所や意図という文脈がなくても、気配や時間を感じる。そう、写真家の意図は達成されている。=朝日新聞2020年6月20日掲載