貧乏貴族の娘コニーは、婚約者の浮気相手に逆恨みされ、舞踏会で無実の罪を着せられてしまう。絶体絶命の彼女に突如、スカーレットの霊が乗り移る。10年前、後に王太子妃となる子爵令嬢の暗殺を企て処刑された希代の悪女だ。悪名どおりの苛烈(かれつ)な手管で、瞬く間に奸計(かんけい)の主を破滅させたスカーレットは、コニーにみずからの復讐(ふくしゅう)に協力するよう命じる……。
常磐くじら『エリスの聖杯』は、小説投稿サイト「小説家になろう」連載の、「悪役令嬢もの」の系譜に連なる作品だ。「悪役令嬢」というのは、少女マンガや乙女ゲーム(女性向け恋愛ゲーム)における典型的(とされる)登場人物のこと。持ち前の家柄と財力と高慢さでヒロインをいじめるが、最終的にはその報いを受け破滅するキャラクターと言えば思いあたる方も多いだろう。この悪役令嬢の立場に転生した現代人の少女が、待ち受ける破滅の運命を回避すべく、あれこれ奮闘する、というのが「悪役令嬢もの」の基本形だ。現在アニメが好評放送中の山口悟『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(一迅社文庫アイリス)などはその代表的作品である。
ウェブ小説の魅力は、個々の作品の面白さもさることながら、ひとつ新機軸が生まれると次々それに続く作品が現れ、瞬く間にひとつのジャンルになっていく点にもある。異世界転生ものの変種として誕生したとも言える悪役令嬢ものも、今や一大ジャンルとなって多くの発展形が登場し、個性豊かな悪役令嬢が今日もそれぞれに活躍し、それぞれに苦労している。
本書『エリスの聖杯』の読みどころは、なんと言っても庶民派ヒロインと悪役令嬢という不倶戴天(ふぐたいてん)の敵同士になってもおかしくないふたりがバディーになる点だ。誠実さが仇(あだ)になって、たびたび貴族社会の陥穽(かんせい)にはまるコニーを“悪のカリスマ”スカーレットの機略が救う展開は実に痛快。加えて、真逆な少女たちに徐々に芽生えていく友情や、冤罪(えんざい)により処刑されたスカーレットの死を巡るミステリーから、徐々に姿を現す国家規模の陰謀など、読み進めるたび新たな魅力が現れる作品だ。
なお書籍版と同時に、桃山ひなせによるコミック版(ガンガンコミックスUP!)も刊行中である。=朝日新聞2020年6月20日掲載