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横田順彌の秘境冒険小説「幻綺行」、完全版で復刊! バンカラな明治人が世界の謎と不思議に挑む

文:朝宮運河

 ホラーファンの間で竹書房文庫といえば、いわゆる〈実話怪談本〉の一大供給源として知られているが、近年はSF方面にも力を入れており、ブライアン・オールディス『寄港地のない船』やチャールズ・L・ハーネス『パラドックス・メン』など、渋いラインナップで読者を唸らせている。
 「日本SF傑作シリーズ」と銘打たれた横田順彌『幻綺行 完全版』(日下三蔵編、竹書房文庫)も、注目せずにいられない一冊。まず装丁がすごい。古めかしい書体のタイトルと、レトロ感満載のイラストが目を惹くカバーは、まるで昭和期の少年向けSF叢書。しかも汚れや破れまでがリアルに再現されていて、“どう見ても古本にしか見えない新刊”という無二のデザインに仕上がっている。毎回、絶妙に所有欲をそそる装丁で勝負をかけてくる竹書房文庫のSF本。その中でも本書『幻綺行』は、もっとも尖ったデザインの一冊といえるだろう。古書マニアとして知られた故・横田順彌もきっと喜んでいるに違いない。

 明治36年、世界自転車無銭旅行の途上でスマトラ島のパレンバンに立ち寄った冒険家・中村春吉は、友人から預かっていた大金を、人助けのために使ってしまう。困窮した春吉の耳に入ってきたのは、かの山田長政の財宝伝説。春吉は、女郎屋から救い出した志保、宝探しを夢見る青年・石峰とともに、秘宝が眠るという密林へと向かう。そこで三人を待ち構えていたのは、人知を超えた大自然の妖異だった……。
 本書はSF作家・明治文化研究家として知られた横田順彌が1990年に刊行した『幻綺行 中村春吉秘境探検記』に、単行本未収録のエピソード2編を追加した連作集である。自転車での世界一周旅行を試みる春吉は、スマトラの密林(「聖樹怪」)を皮切りに、邪悪なものたちが潜むチベットの山寺(「奇窟魔」)へ、旅人を呑みこむペルシャの砂漠(「流砂鬼」)へと、各地の秘境に足を踏み入れてゆく。H・R・ハガードの「アラン・クォーターメン」シリーズや、小栗虫太郎の「折竹孫七」シリーズなどを彷彿させる、秘境冒険小説の逸品だ。
 主人公の中村春吉は、バンカラを絵に描いたような明治の日本人。いかなる事態にも勇気をもって挑みかかるので、全編通して不気味さよりも痛快さが勝っている。怪奇現象にSF的な理屈づけがなされているのも、本シリーズのひとつの特色。ただしロシア人女性の奇妙な変貌を描いた「麗悲妖」は、悪夢めいたクライマックスと切ない幕切れが印象的な、怪奇性の濃い作品である。

 念のため言い添えておくと、主人公の中村春吉は実在の人物。横田自身が手がけたノンフィクション『明治バンカラ快人伝』などによると、春吉は冒険小説も顔負けの波瀾万丈な人生を送ったらしい。日の丸を掲げた自転車で各国をめぐったのも事実なら、狼の群れを手製の爆弾で撃退したのも事実。そのスケールの大きさと面白すぎる逸話の数々には、眉に唾をつけつつも、好奇心を刺激されずにはいられない。
 『幻綺行』は、そうした史実を巧みに繋ぎ合わせ、旅路の空白をイマジネーションで埋めることによって生まれた物語だ。何者をも恐れない快男児、考えるよりも先に手が出るバンカラが、世界の謎と不思議に迫る。このパターンからなる連作がつまらないわけがない。世界地図を傍らに置き、春吉一行の航路を指でたどりながら、エキゾチックで胸躍る全6話を堪能した。

 本書の編集を手がけたのは、ミステリ・SFの復刊企画に数多く携わる日下三蔵。歴史に埋もれた冒険家を再発見し、息を吹きこんだ横田順彌のように、編者は長らく入手困難だった『幻綺行』を理想的なパッケージと内容で今日によみがえらせた。「作家の肉体は消滅しても、作品は残る。残された作品が読まれ続ける限り、作家が読者の心から消えることはない」との編者解説には、SF界の先人・横田への尽きせぬリスペクトと、編者としての矜持が滲んでいるように感じられる。
 なお、横田順彌の「中村春吉」シリーズには2作の長編もあるという。次に春吉が赴くのはどこか。こちらの復刊にも期待したい。