戦後、ソ連の影響を受けた中国SF
――翻訳・監修に多くの人が携わった「三体」シリーズ邦訳版ですが、立原さんは主に和訳された文章と中国語の原書と乖離が無いか、固有名詞やルビのミスが無いかなどをチェックする「総監修」を担当しました。華文SFに造詣が深く、翻訳も長く手掛けてきた立原さんですが、まずは三体の背景にある中国のSF事情、歴史を教えてください。
第二次世界大戦後、中国ではソ連のSFが最初に(大々的に)影響したと思います。同じ共産国として中国の目指す科学技術立国、「頑張ったらこんな良い未来があるんだよ」という意識がソ連と重なったのでしょうね。アレクサンドル・ベリャーエフ(通称「ソ連のジュール・ヴェルヌ」)などが多く翻訳されていました。
一方で英米作品も、文化大革命の前からちょろちょろと入ってきていましたね。魯迅の頃(戦前)には既にジュール・ヴェルヌや日本の同時代の作品などが入ってきていました。ただ文革で大々的に読めなくなり、家でこっそり読むような状況になりました。『三体』の劉さんも、父親の隠し持っていたヴェルヌを読んで影響を受けていました。その後、改革開放(1978年~)を機に英米や日本の作品が(さらに)入ってくるようになりました。
――ちなみに日本SFでは今、誰が人気ですか?
日本作家であれば小松左京、筒井康隆、星新一が「御三家」としてすぐ(SFファンから)名前が出ますね。若い世代の間では、日本と同様に小川一水、伊藤計劃、飛浩隆さんなどが人気です。
ただ、実は中国ではSFの(流行る)前、「科学普及小説」(科普小説)というジャンルが中心でした。一般読者に、作品を通じて科学への興味や知識を持たせるのが目標ですね。
「科学普及小説」とSFの違い
――日本では聞きませんが、SF(サイエンス・フィクション)とはどう違うのですか?
これらは「理系的に正しく間違いが無い内容を書く物」なのです。数ページにわたって数式が掲載されているようなイメージですね。「100年後には科学技術がこんなに発展している、ブラボー!」といったような……。
――共産主義のイデオロギーに適っていたのですね。
こうした政治的な意味合いもあり、科学普及小説は重要視されてきました。今でも、(科学普及小説の)作者に「SF作家でしょ?」と聞くと訂正されるくらいで、すごくプライドを持っています。今ではSFと作風の境界が無くなる傾向にありますが。
一方、SFは想像に過ぎないことから「科学幻想」(科幻)と言われ、科学普及小説より長い間低く見られてきました。(SF独特の)想像力が共産党と合わない時代があったのです。1980年代など、弾圧される「冬の時代」を何度か迎えて作品を発表する場が無くなり、作家は苦労しました。
その中でもSF好きの読者は集まってファンダム(同人コミュニティ)を作り、SF大会などに取り組んできました。
――三体の大ヒットで、冬の時代が嘘のように中国では今SFが一大ブーム、バブルになっているそうですね。
(中国SF界は)今や素晴らしい時代になりました。日本で言えば1960~70年代、小松左京らが活躍した「黄金期」のイメージですね。中国市場だけでなく、初めから世界でのヒットを視野に入れた中国人作家が増えました。企業もすごく参入するようになりました。小説が書きあげられるや否や版権は青田買いされ、その値段も吊り上がっています。
三体が世界的に評価されたことで中国政府の考え方も変わり、SFに力を注ぐようになりました。「SFで中国の科学力を(世界に)知らしめるいい機会だ」だと考えるようになったのです。
ハードSF短編の総集編としての「三体」
――SF作家・ファンによる長い草の根の活動を経て、今の三体・SFブームがあるのですね。一方で2006年発表の本作は、宇宙人や宇宙戦艦などが出るなど古典的で、現代の欧米・日本SFの流行りからはちょっとズレているともよく言われます。中国SF界においても三体は、突然変異的な作品だったのでしょうか?
作者の劉さん自身は、突然変異的に書いた訳ではないと思います。彼は冷凍睡眠など(ハードSF)をテーマにした短編をたくさん発表しており、それらの総集編として描いたのが三体だったからです。
ただ、三体という作品自体は突然変異的だと思います。本作が出るまでの中国SF界は、「四天王」(三体の劉慈欣・王晋康・韓松・何夕)と呼ばれる、それぞれ別の作風を持つ作家がいて、ファンも付いていました。特に06年当時はこうしたベテラン勢が中心でしたね。
――「三体前」まで、本作のような古典SF的な作風が中国SF界でメジャーだった、という訳でもないのですね。
やはり、中国SF界でそれまで三体のような壮大な宇宙(ドラマ)、スペースオペラのような作品が書かれてこなかったという点は大きいと思います。中国人は外国SFでこうした大作を読んだことはあっても、中国発の作品で読んだことは無かった。(中国のSFファンは)面白い上に誇らしかったと思います。三体以後は、同様に壮大なスペースオペラを描いたSFも書かれるようになり、ヒットしています。
さらにヒューゴー賞(SFの世界的な賞)を受賞したことで、三体はSFファンだけでなく中国人全体の誇りになったのです。中国の書店に行くと、SF小説は三体しか置いてないケースもあるくらいでやはり別格なんですね。SFという枠を超えて中国で幅広く受けたのです。
――しかし、第1部・2部計約1000ページ、加えて量子力学や宇宙工学など科学用語満載のハードSFが、中国という大市場でこんなに受けたのは衝撃的です。
はい、どうしてこんなに受けたのか……。ハードSFな部分は本当に難しく、中国では三体向けの(解読用の)“参考書”が出ているくらいです。
ただ、(劉さんが影響を受けた)アーサー・C・クラークのような古典SFを知らない世代は逆に新鮮に本作を読めたのかもしれません。逆に私のような古いSFファンは懐かしんで読めましたし。
宇宙人や宇宙船は中国の古典にも
――三体に限った話ではないですが、こうした宇宙や宇宙人をテーマにしたSFは欧米で先に発展を遂げたジャンルです。特に本作のように大風呂敷な“フィクション”を前面に出したSFが、「科学志向」であったはずの共産国・中国で楽しまれているのはやはりユニークですね。
実は、中国の古典でも幻想的な作品はたくさん出ていました。六朝時代の『捜神記』には、「火星からやってきた子ども」の話があります。非常に古い時代から、宇宙人や宇宙船のような話が描かれてきました。他にも『山海経』がありましたよね。
――確かに宇宙人ではありませんが、「首が無く胴体に顔のある神」(刑天)など幻想的な生物の生態が、あくまで地理誌として“科学的”にまとめられている山海経は、一種のSFのようです。
中国人は、「自分たち以外の世界はこんなにも不思議なのだ」という発想、想像の世界を古くから連綿と持ってきた民族なのだと思います。それらが今、SFとうまくマッチして広がっているとも言えるかもしれません。
――こうして中国で大ヒットして欧米、日本でも広く評価されている三体ですが、これを機に日本で華文SF、ひいてはSF全般を手に取る人も増えそうですね。
本作が世界的にヒットした理由としては、ケン・リュウさんの英訳や大森望さんの日本語訳が飛びぬけて読み易かった点が大きかったと思います。加えて米国では、今はアジアンテイストな作風、特に自分たち(欧米のSF)と違う中華SFが好まれたとも聞きますね。日本では、SFファン以外にビジネスマンがよく読んでいるそうです。中国で仕事をしている人など、「読んだよ」と言うと話題提供にもなりますし。
三体は日本でもSFという枠を超えた売れ方をしている作品です。普段SFを読まない人も読むようになりました。「中国にもSFがあるんだ」と気付かれ、他の華文SFを読む人が増えたのも良いことです。
一方で、日本でも三体と同様に宇宙といった大テーマを正面から描いているハードSFは、たくさんあります。それらが今、一部のSFファンにしか読まれておらず、もったいない現状もある。三体に負けない良い作品も日本にはあるので、これを機にもっと広まってほしいですね。