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噂の読書家集団Riverside Reading Clubが新連載 「BOOK GIVES YOU CHOICES」の名前に込めた思い

文:宮崎敬太、写真:北原千恵美

ケン・ブルーウン「酔いどれに悪人なし」

ikm:連載のタイトルを「BOOK GIVES YOU CHOICES」にしたいと思っていて。英語は自信ないけど、綴りもたぶんあってるはず(笑)。意味は「本は選択肢をあたえてくれる」みたいな感じですね。これはアイルランドの作家のケン・ブルーウンの『酔いどれに悪人なし』という小説からの一節です。酒と読書が好きな主人公の探偵が、子供の頃に本を読むことを教えてくれたお父さんと交わした会話の中に出てきます。

Lil Mercy:お父さんが良いんだよね。

ikm:お父さんが「本を読むのを止めるなよ」っていうんですけど、主人公がそれに「どうして、父さん?」って聞き返すと、さっきの言葉を言うんですよね。それで、主人公が「選択肢って何?」とさらに聞く。するとお父さんは「自由だよ、坊主」と言うんです。そのラインが大好きで。俺は何かを得ようと思って本を読んでるわけじゃなくて、毎回ただその本を楽しみたいだけなんですけど、でも読むことによって得られるものもたくさんある。知識とかボキャブラリーとかそれこそ選択肢をあたえてくれるものが。だからこの連載のタイトルにも合うのかな、と思って。

Lil Mercy:あと本を読むと「(人生って)こんな感じでいいんだ」って思うことが多くて。こんなことで悩まなくてもいいのかなって思えたり。例えば、この『酔いどれに悪人なし』の主人公とか本当にひどいんですよ(笑)。

ikm:探偵が主人公なのに事件を解決しないからね。ざっくりとストーリーを説明すると、舞台はアイルランドで、アル中の探偵が自殺したと思われていた少女の死の真相を調べるという話なんです。けど探偵は事件の捜査から離脱しまくる(笑)。依頼人の女性と男女の仲になって幸せな時間に溺れたり、ある出来事のショックで飲みまくってアル中の更生施設に入れられたり、いきつけのバーのマスターが亡くなったショックでまた暴飲して酩酊しちゃったり。

Lil Mercy:だいたい1カ月くらいの話なんですけど、探偵は2週間くらい事件に関わってない(笑)。

ikm:じゃあその間、探偵は何をしてるかというと、さっき言ったお父さんとの昔の会話なんかを思い出したり、人生を振り返って後悔や反省をしている。つまりこの小説は事件の解決を物語の主題に置いているのではなく、主人公が自分の人生を解決しようとする姿を描いていると思うんです。俺は物語には二つのタイプがあると思っていて。一つは物語の中に登場人物が配置されてるというタイプ。もう一つが登場人物に物語があるタイプ。前者はいわゆるミステリーのように、ある事件を解決する作品が多くて、後者は犯罪小説のようにアウトローが主人公だったりして、解決しようとするのは自分の人生だっていう。

Lil Mercy:『酔いどれに悪人なし』は完全に後者。事件は一応解決に向かっていくんですけど、冷静に考えると、この主人公は事件を解決に導くようなことを何もしてない(笑)。でもそこが良い。さっき言った悩みの話に続くんですけど、それでも成立してるんですよね。自分が関与してなくても世の中は動くというか。そういう視点を知ると、ちょっと(悩みが)抜けるというか、気持ちが楽になるんですよね。

ikm:自分の選択肢も増えるし、他人の選択肢を知ることができるもんね。あるいは選択肢すらない人がいるということとか。この本も、周りがどんどん動いていく中で事件も解決に向かってくんですよ。でも主人公にも個人的に決着をつけなきゃいけないことが出てくる。その決着をつけた後にロンドンに行くんです。酒をやめて人生をやり直そうって。でも次作の『酔いどれ故郷にかえる』では酒に加えてコカインも好きになって帰ってくるっていう(笑)。やっぱり人生って基本的には解決しないものだから、そういう”解決しない物語”が好きなんだと思います。

Lil Mercy:主人公はジャックっていうんですけど、本国ではシリーズ化されてて実は7冊くらいある。でも和訳されてるのはこの2冊だけ。このシリーズは他の本からの引用が多いのも特徴ですね。

ikm:『酔いどれに悪人なし』には、「87分署シリーズ」を書いたエド・マクベインの「私立探偵が事件を解決したことなどあるのか? あるもんか!」って言葉を引用してて。つまりケン・ブルーウン自身も実は探偵小説として書いてるわけじゃないと思うんですよ。あと最初のほうで「アイルランドには探偵はいない。アイルランド人にとっての探偵のイメージはアイルランド人の嫌いなスニッチ(密告者)と紙一重だから」みたいなラインもあったし。全然関係ないけど、俺はここを読んで『ボストン、沈黙の街』という小説を思い出しました。アイリッシュはタレコミを嫌うっていう。

Lil Mercy:『ボストン、沈黙の街』はアメリカのボストンを舞台したギャングと警察の話だよね。

ikm:そうそう。こっち(『酔いどれに悪人なし』)が本場の話じゃん、みたいな(笑)。あとジャックは音楽も好きでスペシャルズとかジョイ・ディヴィジョンの名前も出て来たりする。そういうのも面白い。ケン・ブルーウンだと『ロンドン・ブールヴァード』が一般的には有名で、評価も高いんですよ。翻訳している人が一緒で、『ロンドン・ブールヴァード』の解説で「『酔いどれに悪人なし』は酒やドラッグが原因で物語が停滞する」的なことを書いていたんだけど、俺はむしろその停滞してる部分が読みたいんだなって納得して。だから(『酔いどれに悪人なし』は)小説としてクラシックではないかもしれないけど、俺が好きな要素が全部入っているから何回も読み直す大好きな小説ですね。

Lil Mercy:実はNetflixに「ジャック・テイラー」というタイトルでこのシリーズのドラマ版があるんですよ。日本では翻訳されてないシリーズもドラマになってて。でも『酔いどれに悪人なし』のエピソードに関しては、俺ら的に大事な部分がかなり端折られちゃってましたね。

ikm:あとドラマ版はどうやらジャックが事件を解決しちゃってるっぽいです(笑)。

【つづく】RRCの新連載「BOOK GIVES YOU CHOICES」、記念すべき1回目のゲストは「トミヤマカレー」の永井志生さんと宮崎希沙さんです