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「実家が全焼したサノ」さんインタビュー 僕の「切ない」ことは、クスッと笑ってもらいたい

文:加賀直樹 、写真:斉藤順子

Twitterは自分よりみんなが面白いものを投稿したい

――この本に収められているサノさんの過去の体験は、「切ない」という言葉では済まされないことばかり。ご実家が全焼し、お母さまは蒸発。そして、お父さまは自ら命を絶って……。学費を稼ぐためホストに転じ、100キロマラソンで骨折する。そもそも「切ない」という言葉に込めた思いとは。

 たとえば「哀しい」「つらい」「寂しい」だと、救いのない印象を受けるんです。「切ない」なら、ちょっと笑っても良いか、と捉えてくれるかと。僕は「こんなことがあった」と伝えたいけれど、べつに同情してほしいわけではなくて、それよりは、クスッと笑ってもらいたいので。それが根底にあって、「切ない」という言葉を選んだ気がします。

――約6万人以上の人が見守るサノさんのTwitter。始めたのは昨年。意外と最近ですね。

 InstagramやFacebookは以前から活用していました。ただ、あくまで「面識のある身内だけでやっている」という感じでした。Twitterは「リツイート」という拡散性が、他との大きな違いだと思っています。自分のことを知らない人や、逆に、僕が知らない相手と繋がれるのが面白いですね。ある投稿が多くの人に拡散され、話題になるのを「バズる」と言いますよね。僕はこの「バズ」を繰り返すことで、フォロワーが増えていきました。

(ある日のTwitter)

僕が小学生の時、居酒屋で泥酔していた父を、僕と母で軽トラで迎えに行きました。
案の定、父と母は口論になり、母が
「もう離婚する!」
と言った途端、父は
「じゃあ俺が出て行く!」
と言い、走行中の軽トラから飛び降り8回転しました。
翌日、2人は離婚しました。

――そのTwitterについて本書で語る章のなかで驚いたのは、まず、サノさんが呟きの「文案」を書き、投稿する前に友人たちに読んでもらう点です。選び抜いた末に、発信しているのですね。

 あ、そうですね。もちろん投稿文は自分で考えていますが、自分が面白いと思うものよりも、みんなが面白いと思うものを投稿しています。ツイート全部がそうではないのですが、迷った時とか、悩んだ時、あと、言葉がちゃんと伝わるかが気になった時、友人に聞くようにしています。毎回60人くらいの友人がアンケートに答えてくれます。原稿をInstagramの「ストーリーズ」にあげて、意見を募るんですよ。「A案とB案どっちがいい?」って。ちなみに、この本のタイトルも友人の投票結果で決まりました。選考に漏れた案は『1分間で読める切ない話』とか。

――ツイートを呟く前に、そこまで念入りに準備する人、なかなかいないかも。

 ネガティブチェックの側面もあるんです。誰かを傷つけないか。

――1年という短期間で、インフルエンサーと呼ばれるまでになりました。ご自身はこの現状をどう捉えていますか。

 ……ちょっと、準備してきたメモを見ていいですか。(事細かに記されたメモを確認し)あ、そうだ。これを言いたかったんだ。

 「インフルエンサーになった」といっても、僕のコンテンツを好きな人が大半だと思うんです。要は「僕の投稿を好きな人」。いっぽう、「僕自身を好きな人」はそんなにいないと思っています。140字で自分の人格をすべて表すのは難しく、僕の素性・人格にまで興味が届いていないな、と。

 いっぽう、僕も、一気にフォロワーが増えてしまったので、どんな人にフォローしていただいているのか、わかっていません。だから今は「数」ではなく、「人」一人ひとりに興味がありますね。

――いわゆる「クソリプ」は、全部読んでいるのですか。

 そもそもクソリプはほとんどきません。ただ、投稿がバズると、フォロワーの方以外にも投稿が届くので、まれにクソリプが届くこともあります。でも母数でいうとかなり少ないので、気にはならないですね。

――Twitterの人気者には、炎上ばっかりする人もいます。サノさんは炎上しないですね。

 そうですね。炎上する人は、よく反論しているイメージがあります。僕は、0.1%くらいしかないクソリプに反論しても意味がないかな、と思っています。少数の意見が間違いだ、という話ではなくて、100%の人が納得する意見なんて無いと思っているんです。多くの人に届くと、必ず反対の意見だって生まれます。その0.1%の反対意見を否定することに時間を割くよりも、あとの99.9%の人が楽しめることを考えるほうが、いいなと思うのです。

――他のインフルエンサーで、意識している人、参考にしている人はいますか。

 特にいないですね。Twitterをきっかけに仲良くなった人ならいますけど。僕の話は実体験が大半なので、参考にしようがないというのはあります。

――その実体験を今回、140字の枠を超えて1冊の本にしましたね。どんな反響が?

 小学校とか中学校以来、会っていなかった友達から連絡が来ました。ただ、僕のことを第三者に紹介する時、なぜか皆「知人」って言うんですよね。僕は「友達」だと思っていたんですけど……。あと、中学校の「クラスのマドンナ」から、久々に「ごはん行こうよ」って連絡が来た時は、「中学生の頃の俺!お前は15年後にクラスのマドンナにご飯誘われるんだぞ!よかったな!」って思いました。そのかたは既に結婚されているので、そういうアレは一切ないんですけど。

「切ない」けど、「不幸せ」じゃない

そしてとうとうお金が尽き、家賃も払えなくなり、家に残っているのは、大量のアダルトビデオと、父が拾ってきて家で飼っていたハスキー犬と、父と僕だけになりました。
 そんなある日、父はポツリとこう言いました。
「やばい。家にドッグフードしかない。ドッグフード、1回食べてみよか」
 (中略)
 飼っていたハスキー犬も、ドッグフードを食べようとしている僕たちを見ながら、少し引いているようでした。
 僕はお茶碗にドッグフードを入れ、意を決して、ドッグフードをすくったスプーンを、口の中に入れました。      (本書より)

――30年のサノさんの人生。もし、もういちど、やり直せるとしたら、違う人生を歩みますか。それとも、また同じ人生を歩みますか。

 誰の人生になれるかで、だいぶ変わってくると思います。ビル・ゲイツの息子で生まれるんだったら当然、そっちが良いです。誰になれるか分からない不確実なことを、もう1回やり直すぐらいなら、べつに今、不幸だと思っていないので、同じ人生で良いと思います。

――「切ない」ことが多かったけれども、「不幸せではない」と。

 そうです。

――「切ないこと」「ネガティブであること」は本来、ないほうが良いものでしょうか。それとも、ある程度は経験したほうが良いものなのでしょうか。

 僕は「切ないこと」は、「なければないほど良い」と思います。よく、子どもの時に大人から「苦労は買ってでもしろ」とか「人生、甘くない」とか、言われましたが、あまり納得していませんでした。苦労を買ってでも経験したいのなら、「じゃあ僕のぶんの苦労を格安でお譲りします」と思っていました。そう思うぐらいに、懐疑的だったんですよ。

――周囲の大人や先生たちが言ってきたのですか。

 そうですね。僕はつねづね「ラクできるならラクしたほうが良いし、無駄に苦労する必要はない」と思っています。いっぽうで、「切ない出来事があったから不幸なのか?」と言えば、まったくそうではありません。一度「切ないこと」を経験すると、耐性がつくから、似たようなことが起こっても昔のように苦しむことがないんですよね。そういうメリットもあるんです。

 ただ、「耐性を付けるために苦労しろ」というのは本末転倒で、僕は腑に落ちていないんです。

――サノさんご自身を囲んできた大人たちのなかで、「この部分は誰かに似たな」「影響を受けたな」と感じることはあるのでしょうか。

 僕は、母親が小学生の時に蒸発して、父親が中学生の時に亡くなりました。そこから伯父さん、伯母さんに育てられ、大学に入ると祖父、祖母に育ててもらいました。つまり、転々としてきたんです。

 勿論、一人ひとりから学んできたことはあるんですけど、転々とする過程で、環境に適応する力がついたな、と思います。「親」が変わるたびに、家庭のルールが変わっていくので。皆からは「親を早く失った」と言われるんですけど、僕からすると「親がたくさんいる」という状況です。

――変わる「家庭のルール」とは?

 僕が小学生の時、父親は夜中1時まで「一緒にゲームしようぜ」と言って、一緒にスーファミをやっていたんですけど、次の家庭になると「11時に寝なさい」。どんな環境でもある程度、適応できるのは、すべての「親」から学んだことですね。

――蒸発したお母さまと、連絡は?

 まったくしていないです。小学校3年生ぐらいの時以降、一度も会っていないです。風の噂で「新しい家庭がある」と聞いています。中学校の友達から「お前のお母さん、チャリこいでスーパーに買い出しに行っていたぞ」と聞いたことはあるので、近くに住んでいたのかな、って何となく思っていたんですけど、確証はありません。もう、顔もあんまり覚えていないんです。

――もしも、今、サノさんの前にお母さまが現れたら。

 あ、全然、良いと思います。「負の感情」はまったくないので。まったくないんですけど、……離れたのは母親からなので、母親が「会いたい」と思うのなら、会います、というスタンスですかね。

――お父さまのことを伺ってよいですか。本のなかでは、自ら死を選ぶ人に対し、一般的に掛けるような言葉について、サノさんはちょっと異論……というか、少し違ったモノの見方をしています。

 はい。

――そうした見解を今回、本に書いたことで、どんな反響がありましたか。

 TwitterのDM(ダイレクトメッセージ)で、「すごく気持ちがラクになった」という声を頂くことはありました。

 豊かな人生とは、「贅沢をする人生」でも「人に羨まれる人生」でもなく、「選択肢のある人生」なのかも知れません。
 僕は目の前に自殺したい人がいても、「自殺しないでほしいなぁ」とは思うけれど、「自殺してはいけない」とは今後も言えないと思います。
 1番最後の自殺という選択肢すら奪われてしまうのは、当事者にとっては死ぬことよりも苦しいことなのかもしれない、と思えてしまうからです。(本書より)

――「気持ちがラクになった」という反響を書いてこられた人は、ご自身が、希死念慮、つまり「死んでしまいたい」という気持ちを持っている人なのでしょうか。

 あとは、僕と同じような境遇で近親者が亡くなった人もいました。「私も同じような違和感を持っていました」「モヤモヤしていたのが晴れました」と言って頂きました。

――私自身も、近しい人を自死で亡くし、「こういう言葉を掛ければ良かったのでは」「何であの時、サインをキャッチできなかったのか」と、悩むことがあります。メチャクチャ悩みます。体調が悪い時には強く思い出してしまったり。

 分かります。僕も反省したり「もっと何かできたんじゃないかな」みたいな後悔もあったりするんですけど、……でも、もう、変えようのない過去なので。次に同じような状況があった時に、適切な言葉を掛けられたら良いな、って思います。

――お父さまに言葉を今、掛けるとするなら。

 (笑って)それが、特にないんですよ。「まあ、元気にやっているよ」ぐらいの感じです。

「切ない」ことは、自分では答えが出ないほうが多い

――それから、大人になってからの切ない話を綴った章では、サノさんがホストクラブに入店し、「No.2」にまで昇り詰める経験が記されます。サノさんが人生の多くを学んだホストクラブ。今、コロナ禍で、いわれのない差別的な扱いを受けているように感じるのですが、それについてどう思いますか。

 「新宿区では感染者に10万円のお見舞金がもらえるので、若い人の間では、わざと感染する人がいるかも」という声が上がったそうなんですね。この話を聞き、悲しかったです。歌舞伎町のホストクラブで働く多くの方々が、きちんと営業を自粛して再開まで耐えていたのを知っていましたし、再開後も、感染拡大防止に最大限努力していたのも知っていたからです。

 少しでもリスクを減らすため、積極的にPCR検査を受けた結果、「見舞金欲しさ」などと言われるのは、さすがに不憫だな、と。ホストの方々の名誉のために言うと、2週間入院して、10万円を受け取るのは、彼らにとってはメリットがないんですよ。売れっ子ホストであれば、月収数百万円から数千万円稼げてしまうためです。仮に売り上げが0円でも、最低保証で月20万円程度は支給されるし、出勤すれば指名される機会も得られるので、見舞金のメリットはほとんどありません。大多数のお店は、コロナ対策について誠実に対応していると、個人的には思います。

――それからご自身でバーを経営された時期がありましたね。経営学を学ぶために京都大学の大学院に進んだバイタリティも圧巻です。そして、現在はサラリーマン。

 あんまり「サラリーマンか、起業家か」と切り分けて考えていません。やりたいことがあったときに、自分が役割としてどこにいるのが適切か、という風に考えています。今、僕は広告会社で働いていますが、今は会社で働くほうがチャンスは多いと思っています。

――今、手掛けているラジオのお仕事は。

 営業担当をしていますが、ラジオのCMも手掛けています。広告会社では「ラジオは、すべてのクリエイティブの基礎になる」と言われているそうです。音と言葉だけで、物語や背景を表現しなければいけない。Twitterともちょっと似ているかも知れませんね。基本、文字だけで状況を想像させなきゃいけないので。

――会社員になって感じたことは。

 入社3年目になるんですけど、今、約4カ月間ずっと、在宅勤務です。以前、ホストクラブやバーで働いていた僕としては、会社員になった時、「それ、必要?」と思うことが結構ありました。毎回大量の紙を用意して配ったり、あとは広告会社特有かも知れないですけど、20人ぐらいでズラーッと取引先へ行ってプレゼンするんですよ。喋るのは2、3人です。「僕の役割はなんだろう。威圧感担当なのかな?ちょっと強そうな顔をしておこう」って。精一杯強そうな顔はしていました。

 そういったことの多くが、今回の新型コロナをきっかけに、デジタル化などによって変わりました。今回のことがきっかけで、慣習でやってきたものがなくなったことは、僕はポジティブに捉えています。将来的には、クライアントの「CM代表作」を僕がつくれたらと思っています。

――「好書好日」は、本好きの人、書店員、編集者、作家の皆さんに愛読されているメディアです。なかには今、「切ない」思いを抱えるかたがいるかも知れません。この本は、Twitterでは伝えられない思いが、1冊にギュッと詰まった印象を強く受けました。最後に、サノさんからメッセージを。

 「切ない」思いを抱えているとするなら、僕と同じですね。今、もし悩んでいる方がいらっしゃるとすれば、その方々に伝えたいのは、「自分では答えが出ないことのほうが多い」ということです。なので、他人に聞いたり、本に頼ったりしてみてください。自分が大変だと思ったら、そうしても全然かまわないと思います。
 それから、気長に生きていきましょう。僕の本にも書いていますが、「切ない」出来事の後には、いつだってワクワクする出来事が起きるはずです。