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北欧絵本「おじいちゃんがおばけになったわけ」 訳者・菱木晃子さんインタビュー 死ぬってどういうこと?を考える

文:日下淳子

人は誰かの心の中で生きていく

――死んだはずのおじいちゃんが、夜中に部屋にやってきた! ユーモアたっぷりのおじいちゃんが、孫のエリックと毎晩のように語りあう絵本『おじいちゃんがおばけになったわけ』(あすなろ書房)。生きていく上で大切なことを教えてくれるこの本は、脚本家としても活躍するデンマークのキム・フォップス・オーカソンさんの作品だ。翻訳を手掛けた菱木晃子さんは、ちょうど身近な人の死に落ち込んでいるときに、この絵本に出会ったという。

 この絵本は「死」を扱っているのですが、ただセンチメンタルに終始するのではなく、とてもユーモアがあります。おばけになったおじいちゃんに、孫のエリックがこの世での忘れ物を尋ねる場面では、「いれ歯?」「歯ブラシ?」なんて聞くんですよ。子どもたちに読み聞かせすると、ここはみんな笑います。

『おじいちゃんがおばけになったわけ』(あすなろ書房)より

 おじいちゃんと子どもの交流が淡々と描かれていて、死を扱っているのに、決して暗くはありません。最後は大好きなおじいちゃんが姿を消した後に、エリックの「ぼく、あしたは学校へいくよ」というセリフで終わるんですが、この子の日常や人生が、これからも続いていくことが示されているんですね。最後に子どもの人生が肯定されているところが、私は好きです。身近な人の死はとても悲しいけれど、残された人の中で思い出として生き続けていくものです。人がいつか年をとって死んでしまっても、きっとその人はまた誰かの心の中で生きていく。そうやって人の人生が鎖のようにつながっていく、という死生観が表れているのが、北欧らしいなあと思います。

 実はこの本の翻訳のお話をいただいたのは、ちょうど私の父が亡くなった直後でした。亡くなって2カ月ぐらいは全然仕事が手につかず、ぼうっとしていたところに、あすなろ書房の方 から連絡があったんです。「ぜひ翻訳してほしい本があるんですが、おじいちゃんが亡くなる話なので、どうでしょうか?」って。落ち込んではいたのですが、仕事は仕事ですし、「とりあえず読んでみたいので原書を送ってください」とお願いしました。そして実際に読んでみたら、私の中にすんなりと入ってきたんです。

 自分が身近な人の死に直面しているときだったので、もし説教臭い本だったら受け付けなかったと思いますが、この本は私の中でストンと落ちて、いまだからこそこの本を訳したいと思いました。絵本は人の心を癒すとよく言いますが、絵本は訳者の心も癒すんだと(笑)。本当に、いいタイミングで出会えた本でした。ちなみに大人にも読み聞かせしたことがあるんですが、最後はみなさん泣かれていました。年配の男の人たちも「絵本っていいものですね」って感動してくださり、声に出して読んでよかったと思いました。

『おじいちゃんがおばけになったわけ』(あすなろ書房)より

翻訳には詩心が大事

――絵本の中では、「ためしに、かべをとおりぬけてみてよ」とエリックがおもしろがったり、「こっそりうたってくれる『おしりのうた』がとってもおかしかった」と思い出を語ったり、おばけになってから数日間を楽しんでいたおじいちゃんと孫が、最後のお別れをする場面がある。でもひどく感傷的になったり、駄々をこねたりもしない。生と死を受け入れる姿が淡々と描かれている。

 北欧の本は、人の生き死に――人が生きていく上で大事なテーマを扱っていても、説教っぽくないところがいいんです。お話を読んでいく中で、 子どもたちが自然と気づいたり、感じたりすることができるものが多いかなと思います。おじいちゃんとエリックの関係性も、エリックが歩いておじいちゃんの家へ行く場面で、生前おじいちゃんが近くに住んでいて、頻繁に行き来していたことが想像できます。説明しなくても、会話や行動から、関係性や愛情が伝わってくるんです。

 この絵本で絵を担当しているスウェーデンのエヴァ・エリクソンの作品に、『パパはジョニーっていうんだ』(BL出版)という絵本があります。これは離婚したパパが幼い息子に会いにくる話で、息子は嬉しくて、行く先々で得意げに「ぼくのパパだよ」って紹介してまわります。普段会えないパパも息子のことを深く愛していて、親子の掛け値なしの愛情が描かれていて胸を打ちます。理屈じゃなく、淡々と進んでいくお話の中に、読者に想像の余地を残しているんです。最後にママが出てきますが、「パパとは顔を合わせたくありません」なんて野暮な説明はなく、ママの心情は絵が語ってくれます。

『おじいちゃんがおばけになったわけ』の原書(デンマーク語)と日本版。日本版は表紙に中面の絵を使っている

 私が初めて北欧の本に出会ったのは、幼児の頃に父が留学先のスウェーデンから送ってくれたエルサ・ベスコフの絵本でした。帰国した父が訳しながら、読み聞かせてくれたのを覚えています。でも父は法律の学者だったせいか、訳がね、かたいんですよ。「こういうのは詩心のある人が訳さないとダメなんだ」って、言い訳しながら読んでいました。それで子どもなりに、絵本の翻訳には詩心が大事なんだな、って思ったんです(笑)。意味があっていても、かたい訳では子どもにはよくわからないですよね。20歳で初めて北欧へ行ったときに、まだ日本に紹介されていないおもしろそうな児童書がいっぱいあると気づいて、それなら私が紹介しようと思ったのが、翻訳家になったきっかけです。

死を考えることは、生を考えること

――幼い子が読む絵本で「死」を扱うのはとても難しい。いままで親しかった人が、急に話さなくなってしまう、会えなくなってしまうという不安を、大人はどうやって説明したらいいか、迷うところでもある。そういう意味で、この絵本は気持ちの整理を手助けしてくれる作品でもある。

 子どもには「死」というテーマは難しいんじゃないかと言う人もいますが、哲学的なことを理解してほしいわけではなく、なんとなく「死」について感じ取ってくれればそれでいいんじゃないかと思っています。そのときは意味がわからなくても、たとえば、小学校高学年ぐらいになったときにふと思い出して、こういう意味だったんだとわかるかもしれませんし、あるいは、もっと大人になって身近な人の死を経験したとき、あの絵本はこういうことを描いていたのか、と気づくかもしれません。

『おじいちゃんがおばけになったわけ』(あすなろ書房)より

 生きていく上で、「誰かと別れる」という経験は避けられないことです。でも「死を考える」ことは、自分が「生きていく」ことを考えることにつながると思います。ですから、死を扱っているから暗い絵本だと思わずに、手に取ってもらえたら嬉しいです。

 いまちょうど翻訳している本も、死を扱った読み物なんです。スウェーデンの児童文学作家ウルフ・スタルクの遺作です。余命いくばくもないおじいちゃんが病院を抜け出すのに手を貸すウルフ少年の話で、おじいちゃんが住んでいた島に一泊して、やり残していたことを手伝うんです。父親と息子のしっくりいかない親子関係や、本心を伝えられぬまま死別してしまったおばあちゃんとのことを悔やむおじいちゃんの話など、生きていること、死んでいくことが淡々と描かれています。9月に『おじいちゃんとの最後の旅』というタイトルで徳間書店から発売予定ですが、この本もしみじみと心に残る北欧らしい作品ですので、『おじいちゃんがおばけになったわけ』とあわせて、ぜひ読んでいただけたらと思います。