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「すべて内なるものは」書評 ハイチの長い苦悩と一瞬の輝き

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2020年08月22日
すべて内なるものは 著者:エドウィージ・ダンティカ 出版社:作品社 ジャンル:小説

ISBN: 9784861828157
発売⽇: 2020/06/25
サイズ: 20cm/277p

すべて内なるものは [著]エドウィージ・ダンティカ

 ハイチ出身でアメリカ人女性作家であるエドウィージ・ダンティカ。我が国でその名はけしてメジャーとは言えないが、小説は翻訳されてたくさん出ている。私も愛読者の一人だ。
 受賞歴も華やかな彼女の小説は、ほぼ常に祖国である中米ハイチとアメリカのどちらか、あるいは両国を舞台にしてそこを行き来する男女の話であるが、いくつ作品を書いてもダンティカの筆は人間の悲哀、残酷さ、そして小さな希望に行き着いてやまない。
 ただ、もしもより深く内容の陰影をとらえるなら、ハイチのことを少し知っておくといいと思う。そういう私も「国境なき医師団」取材で訪れた時にあわてて学んで驚いたのだ。
 かつてフランスの植民地だったハイチの奴隷は、なんと18世紀末に全面蜂起し、戦って独立する。黒人による初めての革命だ。
 しかも時はまさにフランス革命と同時期。だが、やがて革命を終えた宗主国フランスはハイチに連帯するどころか、彼らの自由のかわりに多額の賠償金をとる。同じく独立宣言をしたアメリカも国内での完全な奴隷解放をおそれてハイチを無視し、助けない。
 ゆえにハイチは「西半球の最貧国」になったのだ。
 この皮肉、矛盾、栄光と絶望を私たち日本人はほぼ知らない。そして当然最もよく知っているハイチ人自身は、実際に会うといまだにあまりにも誇り高い。
 こうした歴史を頭に入れておくと、ダンティカの小説に出てくる人々がほぼ必ず傷ついていることの意味がよくわかる。そして傷を他人に癒やしてもらうことを嫌悪し、すっくと立とうとしながら出来ない悔しさに貫かれている意味も。
 むろんだからといって個人が歴史を代表するのではない。あくまでも描かれる個人はその人間独特の生の中にさまよう。だが時にそこにあらわれる一瞬の輝きが、彼らハイチ人の長い苦悩から来るように見える。そこで小説は時を超える。
    ◇
Edwidge Danticat 1969年生まれ。12歳のとき米国へ移住。本作で全米批評家協会賞(小説部門)を受賞した。