いかにも「手堅いリアリズム小説ですよ」な風情ではじまるのに、途中で「ほんまかいな」な空気がまじり、気がつくと知らない場所に立っている。高山羽根子は詐欺師みたいな(褒め言葉です)作家である。
『首里の馬』は今期芥川賞受賞作。表題からも想像される通り、舞台は現代の沖縄だ。
〈今日、未名子(みなこ)はこの資料館で、午前中からずっと作業をしている。資料に対応したインデックスカードの整理と確認だった〉。そこは「沖縄及島嶼(とうしょ)資料館」。在野の郷土史研究家の女性が雑多に集めた資料を保管する、外から見れば〈ただの古めかしくて怪しい建物〉だ。
それとは別に彼女は奇妙な仕事もしている。あやしい雑居ビルの一室でパソコンと向き合い、オンラインで結ばれた遠くにいる相手にクイズを出して雑談をする。彼らは日本語を母語としない人々である。〈このサービスはあらゆる国で行われています〉と東京にいる雇用主はいうが、ほんまかいな。
時間が止まったような資料館と素性の知れぬ人々とのオンラインだけの交流。これだけでも十分奇妙な生活なのに、やがてもっと奇妙な事態が起こる。
ある朝起きると、庭に見知らぬ生き物がいた。沖縄在来の小型の馬、宮古馬(ナークー)だった。
なんで馬? それは最後までわからない。それでも未名子はヒコーキと名づけた馬の背に乗って世間の観察に出かける。〈自分の視界に入るこの島のすべてを記録していきたい〉という欲求に突き動かされて。
「記録すること」「保存すること」についての物語である。閉館が決まった資料館の資料のすべてを未名子は写真に撮ってマイクロSDカードに保存していた。そのデータを彼女は異国にいるオンラインの交流相手に送る。いつか〈この資料がだれかの困難を救うかもしれない〉から。ナフタリンと黴(かび)のまじった資料館の匂いまで感じられる佳編。そうだよ、記録は地球を救うのさ。=朝日新聞2020年8月29日掲載
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新潮社・1375円=初版4万部。7月刊。芥川賞受賞作。物語のモチーフとなった沖縄の地元メディアで話題となったほか、著者の出身地・富山でも売れ行きが好調という。