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「食べることと出すこと」書評 闘病通して考察 人間の体と心

評者: 黒沢大陸 / 朝⽇新聞掲載:2020年09月05日
食べることと出すこと (シリーズケアをひらく) 著者:頭木 弘樹 出版社:医学書院 ジャンル:医学

ISBN: 9784260042888
発売⽇: 2020/08/03
サイズ: 21cm/316p

食べることと出すこと [著]頭木弘樹

 潰瘍(かいよう)性大腸炎を患い、食事と排泄(はいせつ)に苦しむ著者。
 「いちばん危険なのは、トイレに着いてからなのだ。私はこのときほど『百里を行く者は九十里を半ばとす』という言葉が身にしみたことはない」
 体の反応が変わり、日常の所作が当たり前でなくなると、あらゆる場の光景が変わる。痛みに強くなったと思っても違う種類の痛みに驚かされ、点滴で栄養補給されながらの飢餓感に体が戸惑う。治まっても再燃を恐れ続け、何か食べようにも危ない食べ物ばかりの「四面楚歌(そか)」。自分と周辺に起きたことをユーモアも忘れずに語っていく。
 病人は明るくすることが求められる。食べられないものを周囲から「少しくらい」としつこく勧められる。「食べることは受け入れること」であり、食べないと人間関係の根幹に関わるのだ。食物を制限する宗教の教義は、同じものを食べる者たちをまとめ、他と分断すると考察する。
 排泄の失敗は、心理的ダメージが大きい。病院のトイレで漏らしたところに現れた若い女性の看護師。バケツと雑巾を渡され自分で始末した後、著者は「失感情症状態」になる。泣くも怒るも笑うもなく、病気の悲しささえも。
 「悲しみは最悪のことではない。 カフカ」。随所で引用する文学者や映画などの言葉が読者を立ち止まらせ、誰もが覚えのありそうな排泄の隠したい経験にうなずく。中学の時、授業中にトイレに行った女子が、それまで相手にしなかった男子のデートの申し込みに応じた。人前で恥をかくと、服従しやすくなる心理実験もあるそうだ。
 病は幸福のハードルを下げ、感度を高める。久しぶりの外出で「風景が後ろに動いていく」ことに驚き、1カ月以上の絶食後のヨーグルトは「味の爆発」、シャワーを浴びては体表を伝う水の流れに感じ入る。
 闘病してこその深い観察。食事と排泄から見えてくる人間をかみしめた。
    ◇
かしらぎ・ひろき 文学紹介者。20歳で潰瘍性大腸炎を患い、13年間闘病。『絶望名人カフカの人生論』など。