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遠田潤子さん「雨の中の涙のように」インタビュー 救う側の人も、救われている

遠田潤子さん=大阪市北区、上原佳久撮影

映画モチーフに連作短編 人生を肯定する物語

 最後のピースがはまった時、それまで目にしていた光景が、だまし絵のように反転する――。作家、遠田潤子さん(54)の新作『雨の中の涙のように』(光文社)は、そんな巧みな構成を持つ連作短編集。8編はいずれも、「執筆に行き詰まった時の支えだった」というお気に入りの映画をモチーフにしている。

 収録作「だし巻きとマックィーンのアランセーター」は、商店街で卵屋を営む章(あきら)が主人公。俳優スティーブ・マックィーンが着たセーターに似た一着を洋品店で見かけ、ひと目ぼれ。それがきっかけで、編み物講師の百合(ゆり)とお見合いをするが、うまくいかない。

 すれ違いの原因は、百合がカラオケで歌った人気アイドルグループの曲。元メンバーの堀尾葉介は十数年前、卵屋を取材で訪れ、だし巻きを有名にしてくれた恩人だったが、章はあるわだかまりを抱えていた。

 連作短編をつなぐ要となるのが、この葉介という人物。アイドルから映画俳優に転じて成功を収めながら、誰に対しても謙虚で誠実。そんな輝かしいスターと、ひととき人生を交差させた各編の主人公たちは、心のしがらみをほどいて前を向こうとする。

 「これまで書いてきたのは、自分好みのダメ男ばかり。少女漫画の王子様みたいと思いながら、欠点がない男を楽しく描きました」
 とはいえ、欠点はなくとも過去はあるのが、「後ろ暗い過去を抱えた男女の物語」を得意としてきた遠田流。巻末の一編に至って、それまで光源のように各編の主人公たちを照らし、導いてきた葉介の等身大の姿が描かれる。

 モチーフにしたのは、米映画の名作「素晴らしき哉(かな)、人生!」だという。落ちこぼれの天使は、人生に絶望した男を救い、神から念願の翼を与えられる。

 「救われる側の人も、ある意味で救う側の人を救っているのかも。書きたかったのは、そんな人生を肯定する物語です」
 小説を書き始めたのは、出身地でもある大阪で専業主婦をしていた38歳の頃。30代前半で育児と母親の介護が重なった。数年後に母をみとると、「燃え尽きたみたいに、うつ状態に」。

 心の「リハビリ」のつもりで文章を書くようになり、小説の新人賞にも応募。2009年、日本ファンタジーノベル大賞を受けて、作家デビューした。

 以来、年に1冊程度のペースで、作品を発表してきた。「ドロドロした話は、書いていて気持ちがいい。でも、読者の反応は『暗い、重い』。ほとんど売れませんでした」
 転機となったのは、新たな作風に挑戦するつもりで書いた『銀花の蔵』。伝統あるしょうゆ蔵を舞台に、血のつながらない家族の心の交流を細やかに描いた。受賞はならなかったものの、今年、初めての直木賞候補に選ばれた。

 今作でも象徴的に扱われる「血のつながらない家族」は、長年のテーマ。北陸の農家出身の母から「女が学問をすると生意気になる。本は読まなくていい」と言われて育った。大学進学にも反対され、大げんかをしたことも。

 「血縁というものに、逃げられない息苦しさを感じたこともあったけれど、小説に書くことで、だんだん手放していけたら」(上原佳久)=朝日新聞2020年9月9日掲載