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少女の目に映る大人たちの記憶 中島京子「樽とタタン」など辛島デイヴィッドさんが薦める新刊文庫3冊

辛島デイヴィッドが薦める文庫この新刊!

  1. 『樽(たる)とタタン』 中島京子著 新潮文庫 605円
  2. 『ほの暗い永久(とわ)から出でて 生と死を巡る対話』 上橋菜穂子、津田篤太郎著 文春文庫 715円
  3. 『25の短編小説』 小説トリッパー編集部編 朝日文庫 880円

 (1)は小説家の「わたし」が幼少期によく放課後の時間を過ごした喫茶店を舞台とした連作短編集。30年以上前の記憶は不確かな部分もあるが、「わたし」は店を訪れる人物たちについて回想することにより、子どもの目線を取り戻す。少女の目に映る大人たちは、老小説家も歌舞伎役者の卵も商店街のサンタクロースも、どこか大人げない。でも人間味にあふれていて、そのやさしさが「わたし」の寂しさを和らげる。

 (2)は「守り人シリーズ」などのファンタジー小説で国際的にも評価されている作家と、西洋医学と東洋医学の両方を用いた診療で知られる医師の往復書簡集。「生と死」にまつわる「思考のキャッチボール」は、人工知能、遺伝子、宗教から音楽までへと広がる。手紙は「思いつくまま」、「ぴょん、と跳」びながら、時には数カ月の中断を挟みつつ自由に書き進められる。読者はその間もそれぞれの大切な時間が流れ続けていることを意識させられる。二人の独特な文体や日常が垣間見える挿話も魅力的で、良質な書簡体小説を読んでいるような楽しさもある。

 (3)は2020年の「今」を切りとる25編からなる短編集。初出は6月発売の文芸誌で、コロナ禍における生活を描く作品も少なくないが、作風やアプローチの多様さが際立つ。「コロナ禍」を軸にした特集は世界中で組まれてきたが、「小説」という形での表現は規模もスピード感も日本が抜きんでている。本書も貴重な記録のひとつとなるだろう。=朝日新聞2020年9月26日掲載