- 『一次元の挿し木』 松下龍之介著 宝島社文庫 900円
- 『まぐさ桶の犬』 若竹七海著 文春文庫 1100円
- 『銃と助手席の歌』 エマ・スタイルズ著 圷(あくつ)香織訳 創元推理文庫 1430円
ミステリにおいて物語冒頭で魅力的な謎を提示することが要の一つになるが、(1)の摑(つか)みは百点満点の出来栄えである。大学院で遺伝人類学を学ぶ七瀬悠(はるか)は、インドのヒマラヤ山脈で見つかった二百年前の人骨を調べていて驚愕(きょうがく)する。DNA鑑定の結果、四年前に失踪した妹の紫陽(しはる)のものと一致したのだ。二百年前の人骨は、本当に妹のものなのか。開始早々、途方もない謎を用意して読者を引き込んだ後もあらゆる謎を仕掛けて怒濤(どとう)の展開へと巻き込んでいく。スケールの大きな物語を構築する手腕も確か。「このミステリーがすごい!」大賞文庫グランプリを受賞した期待の新人デビュー作だ。
(2)は万年金欠で不運な私立探偵・葉村晶(あきら)が活躍するシリーズの約五年ぶりの長編。コロナ禍を経て私立探偵業が開店休業状態だった葉村晶は、久しぶりに探偵としての依頼を引き受けることになる。依頼主は有名私立学園の元理事長で、秘密厳守である人物の捜索を葉村に頼んできたのだ。人探しという私立探偵小説ではお馴染(なじ)みの物語形式で始まりつつ、錯綜(さくそう)した事実を追っていく内に思わぬ構図が浮かんでくる。散らかっていた断片が集まり整理されていく過程が読ませる。
(3)はオーストラリア育ちの作家による、女性二人を主人公にしたロードノベル形式の犯罪小説。高校を退学したばかりのチャーリーとナオは、ある厄介事のために車で当てもなく走り続ける羽目になる。正反対な性格の女性同士を描いた、バディ小説として心惹(ひ)かれるものがある。=朝日新聞2025年3月22日掲載
