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『「役に立たない」科学が役に立つ』書評 想定外の成果生む基礎研究の力

評者: 黒沢大陸 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月03日
「役に立たない」科学が役に立つ 著者:エイブラハム・フレクスナー 出版社:東京大学出版会 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784130633758
発売⽇: 2020/07/29
サイズ: 19cm/102,40p

「役に立たない」科学が役に立つ [著]A・フレクスナー、R・ダイクラーフ

 役に立つ知識と役に立たない知識に明瞭な境界はなく、基礎研究は「まだ応用されていない」だけ。
 本書は最高の研究者が集まる米研究所の所長と初代所長が残したエッセー。基礎科学が持つ力が実例とともに語られる。
 重大発見は、有用性の追求ではなく、「好奇心を満たそうとした人々によってなされた」。電磁気を探究するファラデーは19世紀、英政治家に「電気には、国にとってどのような実際的な価値があるのかね」と尋ねられたという伝説かも知れぬ逸話が伝わる。原爆開発のマンハッタン計画も基礎研究の上に成り立った。
 世界が不穏な90年前に所長になったフレクスナーは教育研究の現場には精神と知性の自由こそ重要と強調。「人間の精神を型にはめ、翼を広げさせない」人々が人類の真の敵として、精神の解放を主張する。
 ダイクラーフは、短期的な成果とリスクはあるが桁違いの成果を期待できる長期的研究のバランスを金融資産の分散投資に例え、「現在の研究環境は、不完全な『評価指標』と『政策(ポリシー)』に支配され、この賢明なアプローチを妨害している」と語る。多くの研究者も同意するだろう。
 大きな発見は偶然や失敗からも生まれる。基礎研究は莫大(ばくだい)な無駄を生じるようでも、補ってあまりある想定外の有益な成果を生み出す。税金を大切にしてほしいが、すべてが成果につながる好都合はあり得ない。
 いま、目先で役立つ研究に資金を集める「選択と集中」政策が展開される。未来のための資産の蓄積より、我々が得る果実にばかり目を奪われているかのようだ。本書が、予算や人材が集まる理化学研究所の研究者の主導で出版されたことにも深刻さを感じる。
 世界を変える新技術をも生み出す可能性がある自由な基礎研究。これを軽んずる国は成熟しておらず、そんな力を持ち得ないのは相応の配剤ではないか。最近、そんな気がしている。
    ◇
Abraham Flexner 1866-1959。プリンストン高等研究所初代所長▽Robbert Dijkgraaf 現所長。