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温又柔さん「魯肉飯のさえずり」インタビュー 「ふつう」とは何か、台湾と日本のはざまで問い続け 

温又柔さん

いびつな夫婦関係の先に

 日本とは何か、ふつうとは何か。それをずっと問い続けている。作家・温又柔(おんゆうじゅう)さんの新刊『魯肉飯(ロバプン)のさえずり』(中央公論新社)は、台湾と日本の間で揺れるアイデンティティーというデビュー以来の主題に加え、ジェンダー問題に本格的に向き合った自身初の長編だ。

 主人公は、日本人の父と台湾人の母を持ち、日本で生まれ育った桃嘉(ももか)。大学卒業後、就職活動がうまくいかず恋人の聖司のプロポーズを受けることに。だが、聖司は桃嘉の内面を見ようとしないし、どうやら浮気もしているらしい。

 二人のすれ違いを象徴するのが、桃嘉が作った魯肉飯をめぐるやりとりだ。香辛料・八角(はっかく)の独特の香りを前に、聖司は〈こういうの日本人の口には合わないよ〉〈ふつうの料理のほうが俺は好きなんだよね〉。

 「自分の常識と通念がぴったり一致している、日本社会における特権的な人」として造形した聖司。一方の桃嘉は台湾のルーツや女性であることが何かの拍子に社会との「ずれ」となってあらわになってしまう。「社会と自分自身に落差がない男性に、桃嘉のような人がかけ合わさったときどうなるか。それを描きたかった」。やがていびつな夫婦関係は家庭内レイプに発展してしまう。

 心身が失調した桃嘉が頼るのは母だ。思春期には、台湾出身で日本語が話せない母のことを「恥」と感じ、突き放したこともある。〈桃ちゃん、しあわせじゃない。ママ、いちばん悲しい〉。たどたどしい言葉の奥にある、娘を思う母の気持ち。桃嘉は台湾で母のルーツをみつめ直し、再出発を決意する。

 温さん自身、両親が台湾人で、台湾籍として日本に育った。日本社会に対し自身が抱く疎外感を創作に落とし込んできたが、それは同時に「マイノリティー文学」という定型とのあらがいでもあったという。「マイノリティーは苦悩を書くべきだという先入観が読者にも書き手にもあり、私の小説は主人公たちがのびのびしすぎだと言われてきました。でも私は幸福だったし、マイノリティーが幸福を書いたっていい」

 評論にも活躍の場を広げているが、小説表現にしかできないこともあると感じる。「例えばこの小説は、移民の母親を恥ずかしく思う子が一人でもいなくなればいいと思って書きました。でもその正論をそのまま書いてもつまらない」

 参照軸は、同時代を生きる世界の作家たちだ。「カルメン・マリア・マチャド(米国)や、チョン・イヒョン(韓国)……質の高い海外小説に刺激を受けます」。いい小説とは何か。それをいつも考えている。(板垣麻衣子)=朝日新聞2020年10月7日掲載