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芸術の役割考え直す作家たち 鷲田清一「素手のふるまい」など堀部篤史さんが薦める新刊文庫3冊

堀部篤史が薦める文庫この新刊!

  1. 『素手のふるまい 芸術で社会をひらく』 鷲田清一著 朝日文庫 836円
  2. 『ヨコハマメリー 白塗りの老娼(ろうしょう)はどこへいったのか』 中村高寛著 河出文庫 1078円
  3. 『オルラ/オリーヴ園 モーパッサン傑作選』 上・下) モーパッサン著 太田浩一訳 光文社古典新訳文庫 1078円

 (1)東日本大震災の直後に東北へ移住、流された写真の洗浄や写真館での仕事に従事しつつ、被災者たちの言葉を記録し続ける作家。被災地に住む人々のポートレートを撮影しながら信頼関係を築き、協働のようにして自身の作品へと昇華する写真家。社会が構築される以前の場や人との相互作用的な関わりを出発点にして、創作そのものを考え直す作家たちの「ふるまい」から、あらためて芸術とその役割を考え直す(1)は、コロナ禍中のいまあらたな文脈を持つであろう一冊。

 (2)は戦後から1990年代の半ばまで横浜の街なかに白塗りに白いドレスという姿で立ち続けた娼婦(しょうふ)「メリーさん」をめぐるドキュメンタリー映画制作の顚末(てんまつ)を綴(つづ)った記録。面白いのは、当時まだ二十代だった監督が、すでに姿を消し、取材対象としては不在のメリーさんを主題としながら、その周辺にいた人々との関わりから横浜の戦後史を描こうとしているところ。異端者たちが生きる隙間があったかつての街のあり方を描いた都市論であり、同時に秀逸なドキュメント論としても読める一冊。

 (3)は自身ドッペルゲンガーに悩まされたというモーパッサンによる、妄想に支配される男を日記形式で描いた「オルラ」が秀逸。理性的であるがゆえに、非科学的なものを恐れるあまり破綻(はたん)していく主人公の独白。「信頼できない語り手」の手法で読者を不安へと引きずり込む、19世紀末の作品とは思えぬモダン・ホラー的感性を感じる中編。=朝日新聞2020年10月10日掲載