ホラーゲームからクトゥルフ神話にはまる
――本書はクトゥルー神話に出てくる「旧支配者」や「旧神」「奉仕種族」といった邪神、化け物たちを、可愛らしいマスコット風のイラストにして紹介する作品です。各キャラの説明に加え4コマ漫画で彼らののほほんとした日常を描き、神話の基本用語やラヴクラフトの人となりまでもイラストで伝えています。元ネタの異形の神々を萌えキャラ化させることでクトゥルフ初心者も楽しく学べる1冊になっていますが、手掛けた海野さんは平成生まれのかなり若い“信者”。そもそもどうやってこの神話と出会ったのですか?
7年前、大学2年生の時に友達から、TRPG(のジャンル)でこういう物があると知らされました。私は「SIREN」のような和風のホラーゲーム、それに「サイレントヒル」に出てくるような気持ち悪いクリーチャーが昔から好きでした。クトゥルフ神話TRPGを通じて、やはり気持ち悪い神話の生物にまずビジュアル面からのめり込むようになったのです。TRPGを初めてプレイした1週間後には神話の小説も買い、ずるずるとはまっていきました。ちょうどそのころ、『這いよれ! ニャル子さん』のアニメ2期も放映していましたし。
ただ私の友達は神話のTRPGにはまっていても、クトゥルフの小説の方にははまっていない子が多かったですね。「小説を読む時間があったらTRPGをやりたい」という人ばかり。でも私が小説を調べていくと、確かにとっつきにくい話でしたが、起承転結もオチもあって面白い。
若い世代向けにデフォルメ
――クトゥルー神話のTRPGは若い世代でブームですが、海野さんは元ネタのストーリーやキャラの方にも魅せられたのですね。
ただ、その大学2年の頃にちょっと悲しい出来事がありました。年末に「クトゥルフ神話検定」が開催され、私は大阪の試験会場へ受けに行ったのです。ニコニコ動画でもクトゥルフ神話TRPGがブームだし、大学では(元ネタの方に)はまっている人はいないものの、会場では(同世代がいるかなと)ワクワクしながら行きました。しかし、会場では昔からクトゥルフを知っている年配の人ばかり。当時はまだ若い人には早かったのかもしれません。
だから、自分はクトゥルフ神話をしっかり“布教”しようと思ったのです。何とかして若い人にもアピールする物ができたらいいな、と。ライフワークになるくらい、クトゥルフ神話には運命を左右されました。こうして大学生の時にクトゥルフにはまっていなかったら、卒業して何をするか思いつきもしなかったし、(学生時代いた京都から就職で)上京しようとも思わなかった。ちなみに、(本書の元となった神話の)デフォルメキャラを描き始めたのは2013年ごろからでした。
まずはクトゥルフ神話を扱っているゲーム会社に入ろうと思いました。実際に作中で神話のキャラを出していた会社で面接を受けました。ただそのメーカーは当時、クトゥルフキャラをどんどん使うというノリが無くなってきていて……。結局、アルバイトの形でそこに就職しました。本業ではゲームデザイナーに従事する傍ら、副業として(社外でクトゥルフキャラ作品の)実績を作り、会社に提出しようと考えたのです。クトゥルフのイラストを描いては営業したり、仕事を受けたりしていました。Twitterでもイラストを定期的に情報発信していきました。
私は現在、クトゥルフ神話キャラをデフォルメしたイラストと、リアル路線の両方を手掛けていますが、(前者の)可愛らしい方で声がけを受けることが多いですね。約2年前に新紀元社の編集者がTwitter上で私のイラストを見て、「これを元に本を書きませんか」と言ってくれたのが本書です。他にも、これらのキャラのガチャポン(「クトゥルフ神話 ゆるるふ神話ソフビコレクション」、トイズキャビン社)などを出していきました。
――今はフリーランスのイラストレーターとして活躍する海野さんですが、そもそも元ネタでは不気味で醜悪だったりする邪神たちを、なぜデフォルメ化したのですか?
クトゥルフ神話で一般的に想像されるのはメチャクチャ怖い化け物ですが、若い人に浸透させるには可愛いキャラがいいと思ったのです。実は私はデフォルメよりリアルタッチを書く方が得意ですが、それだと(元ネタ通りの)クリーチャーになってしまう。ユルくて可愛い方が日本人受けするなと。例えば(キャラの)お腹をタプタプにさせたり、グータラさせたりしました。加えてできるだけシンプル、情報量の少ないデザインにしようとも考えました。その方が他の人も書きやすく、覚えやすいからです。
ちなみに、本書を出す前はクトゥルフやダゴンといったメーンキャラしか描いておらず、マニアックなキャラはまだでした。本書のためにそれらもデザインしつつ、若い人に読んでほしかったので4コマ漫画も描きました。原作小説の舞台(架空の街アーカムなど)の説明についても盛り込んだりと、文学系の神話ファンにも喜んでもらえるよう工夫しました。
未知なる世界のキャラに魅力
――しかし、クトゥルー神話の何がここまで海野さんを惹きつけるのですか?
まず、キャラの造形やシルエットが面白い。ニャルラトテップは触手があるとか、特徴的ですよね。あと彼らは宇宙生物なんです。宇宙は現実世界の中でも広くまだまだ未知が多い。もしかしたらクトゥルフみたいな化け物がいるのかも。現実味のある神話だと思えるのです。
ちなみに神話生物の中で私の推しはクトゥルフです。(小説での)登場時はおぞましい描写もあるのですが、「お腹がデカい」などとも書かれていて、「そんな扱いなの?」と。化け物なのに強いのか弱いのかもよく分からない点も、私からすれば面白い。
――こうした海野さんの“布教”の手ごたえは今、いかがですか?
今でもクトゥルフ神話は、TRPGを通じて大学生がはまっているケースが多いかなと思います。でも(本書のイラストから)小学生などもっと低年齢層の子もはまってほしいのです。実際に(本書について)エゴサーチすると、大人が買った物を子どもも読んで(SNSで)つぶやいているのが見つかります。本書が(若い世代に)クトゥルフを知るきっかけになってきていると思えますね。
特に最近はTwitterのトレンドでも、アザトースやニャルラトテップ(いずれも邪神)、ショゴス(奉仕種族)が登場しています。私がはまり始めたときよりも、浅く広く広まっていると感じます。そこまで幅広く広まってくれれば、何人かは深くハマってくれると期待しています。
――一方で古参のクトゥルーファンからの反応はいかがでしたか?
本を出したときはちょっと怖かったです。(元ネタの邪神たちと)見た目がかなり違うから、昔からのファンに「こんな設定にするな」と怒られるかなとも思いましたが、批判はあまりなくホッとしています。(クトゥルフ神話を小説に用いることで有名な)菊地秀行先生に褒めていただき、対談もできたのが一番うれしかったです。
ラヴクラフト作品はホラー的な魅力もありますが、私は純粋に面白い小説だと思っています。彼は生前、恵まれなかった作家でした。ファンの1人として、その作品がもっと読まれてほしい。本書を通じて気に入った(神話生物の)推しキャラを見つけてもらい、原典である小説にたどり着くきっかけになればいいと思います。
【クトゥルー神話の豊潤なる世界】
①架空の神話大系・クトゥルー神話はいかにして生まれ、世界に広がったのか? 森瀬繚さんインタビュー
②「新クトゥルフ神話TRPGルールブック」ヒットのわけ
④好書好日ボドゲ部・定番ゲームのクトゥルー版を遊んでみた「ラブクラフト・レタ-」
⑤好書好日ボドゲ部・定番ゲームのクトゥルー版を遊んでみた「パンデミック クトゥルフの呼び声」
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