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「新クトゥルフ神話TRPGルールブック」ヒットのわけ ホラーな世界観、謎解き要素…コミュニケーションを加速

文:ハコオトコ

舞台は現代、貧弱なキャラ…異色のTRPG

――本書はクトゥルフ神話をテーマにしたTRPG用の米国発ルールブックです。基本ルールからシナリオ、神話の用語や世界観の解説まで網羅した400ページ超という辞書のような本書ですが、2019年の発行以来約6万部を売り上げ、改定前に当たる04年の旧版も含めると累計31万部に達したとか。アナログゲームのTRPG、しかも異形の神々や怪物と対峙し狂気に陥ったりもするダークなストーリーが特に若者の間で人気なのはちょっと意外です。そもそもクトゥルフ神話TRPGはいつ頃日本に入ったのでしょうか?

 まず、ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)というTRPGの初版が1974年に米国で出ました。70年代にTRPGはジワジワとファンを増やし、80年代にはさらにいろんなジャンルに広がって隆盛しました。これらは「剣と魔法」の作品が中心でしたが、他にもSFや戦争物などが作られました。そのうちの1つがクトゥルフ神話だったのです。

 クトゥルフ神話TRPGのルールブック自体は81年に米国で初めて出版されました。当時大学生だった僕も英語版でなんとか遊んでいたのですが、就職したホビージャパン社で日本語版の出版を企画して86年に出版することになりました。

――今日、RPGはテレビ・スマホゲームのいちジャンルのように言われることも多いですが、当時はアナログゲームで人気だったのですね。

 その頃のファミコンは今(のゲーム機)に比べて性能も貧弱で、僕らはそこまではまりませんでしたが、Apple IIの「ウィザードリィ」のようなRPGにはまっている人もいました。アナログゲーム市場では、緻密なゲームシステムを売りにしたシミュレーションゲーム(※戦争などをテーマにした盤上で駒を操るボードゲーム)が流行っていました。一方で「次はTRPGが来るんじゃないか」と言われていたのです。中でもD&Dはファンタジーですが、僕は他のジャンルにも目を向けようと考えてクトゥルフに目を付けました。

 特にクトゥルフ神話TRPGの舞台はほぼ現実で、最初期の(シナリオの)セットは1920年代の米国です。しかも、(普通のRPGだと)大体キャラがゲーム中で強くなっていきますが、クトゥルフでは貧弱なのが大きな特徴でした。

東日本大震災以降にブレーク

――ゲーム設定でも、クトゥルフ神話の神々や怪物はそもそも人間より体力などのステータスが桁違いで、まともに勝てそうもないケースが多いですね。

 そこに物語性を感じてもらえたのだと思います。特異なTRPGでしたが、当時から意外と好評で熱心なファンも多かった。

 ただ90年代に入るとTRPGというジャンルは、マジック:ザ・ギャザリング(MTG)などを始めとしたTCG(トレーディングカードゲーム)の陰に隠れてしまいました。やはり、20世紀においては“マニアの遊び”だったのかもしれません。

――確かに90年代を振り返ると、自分の中高生時代もMTGが大人気だった反面、TRPGは見かけませんでした。

 はい、その世代のTRPGファンはすごく少なかったと思います。クトゥルフ神話TRPGも当時、相当苦戦を強いられました。

――一方で今のクトゥルフ神話TRPGブームは一過性でなく、しかも往年のファンだけでなくティーンの間にも浸透しているとか。いつ頃息を吹き返したのでしょうか?

 2011年以降、本書(旧版)の部数が伸びていきました。東日本大震災以降、ボードゲームを含むアナログゲーム全体が流行り始めたのだと思います。1人で楽しむより、複数でコミュニケーションをとることのできるゲームが受けるようになってきた。

 さらにニコニコ動画を始めとしたネットの影響も大きかったと思います。TRPGはルールブックやシナリオに沿ってプレイするゲームですが、人によって違う展開になります。ユーザーたちは異なる物語を作ることができるし、プレイした結果を(動画などで)公開することもできる。創作意欲のある人なら自分でシナリオだって作れます。ユーザー自身でコンテンツを作れるツールとして今、TRPGは注目されているのかもしれません。「君のところではこう展開したが、僕の方では(物語は)こうなった」と盛り上がることができる。

 そしてクトゥルフ神話については特に、ライトノベル『這いよれ!ニャル子さん』(GA文庫、09~14年発行)のヒットが寄与したと思います。テレビアニメ版の監督の長澤剛さんがこのTRPGのファンで、作中にいろいろと盛り込んだのです。「SAN値が下がる」といったゲーム用語が注釈も無しに飛び出し、アニメファンの間で話題になりました。

――SAN値は本アニメのOP曲でも連呼され、知るようになった人も多いですね。

 これは日本語では(正式には)「正気度ポイント」と呼びますが、実はあくまで(原作小説にはない)ゲーム用語なんですよね。

シナリオの楽しみ方は自由、女性にも人気

――ただ、クトゥルフ神話TRPGの方は原作小説と同様、醜悪な怪物や死体が飛び出し、キャラも頻繁に死ぬハードな展開が多いです。本書で紹介されているシナリオの「1920年代の米国、誘拐された少女を追って森に入ると怪異に遭遇し……」のような。ドラクエ的な王道ファンタジーではない、邪神や化け物にプレイヤーが翻弄されるホラーTRPGが今の日本の若者の間で人気な理由をどう考えますか?

 まず、こうしたホラーものは動画プレイ実況のようなWebコンテンツと相性がいいのだと思います。ホラー映画やゲームだって、プレイ実況者が(動画の中で)「なんてこった」「やられちまった」と大げさに驚く様子が面白かったりする。それとクトゥルフも共通しているのでしょうね。

 さらには、「謎解きもの」の面があるという点も大きいと思います。クトゥルフ神話TRPGのシナリオではいろいろな怪異が起き、「探索者」(プレイヤーが演じるキャラクターの意)が調査するという形を取りますので。

 シナリオについても、「古い革袋に新しい酒を入れる」と言うように、骨格は昔の物でも新しい要素を入れた作品が多いのがポイントです。クトゥルフ神話のシナリオはどの時代、どの場所でも成立するのです。(日本で流通している)シナリオブックも、半分くらいは日本オリジナルの作品だと思いますね。萌え要素を取り込んだような物もありますし。

 そして何より、プレイヤーは(ストーリー展開が)多少うまくいかなかった場合でも、「ホラーなんだからいいじゃない」と言い訳ができるのです。「みんな死んじゃったけれど邪神の復活は阻止した」でも、いっそ「邪神は復活して世界は滅びた」でも、1つの物語として許容できる。

――最後に、クトゥルフ神話TRPGに長年携わってきた愛好者として、今の若いファンたちをどう見ますか?

 昔のファンの中には「設定はこう」「ラヴクラフトはこう書いてる」などとマニア気質な人も多かったですが、今の若い人は非常におおらかです。彼らは楽しさを優先するし他人のプレイにも寛容で、プレイヤー同士のコミュニケーションを大事にしている印象です。女性ファンも大勢いますよね。

 クトゥルフ神話TRPGは、人によっていろんな遊び方や結果を得られるゲームです。とてつもない怪物を倒すこともいれば、プレイヤー全員がやられる場合もある。事件の真相にたどり着かず、何も知らずに入り口で終了する可能性だってある。ルールブックにも「君たちが自由に考えていいんだよ」と書いてあるわけです。今の若い人たちも、いろいろな物語を(ゲームに)求める中で、従来にない新しさをこのTRPGに感じているのかもしれませんね。

【クトゥルー神話の豊潤な世界】

①架空の神話大系・クトゥルー神話はいかにして生まれ、世界に広がったのか?
③海野なまこ「クトゥルフ様が めっちゃ雑に教えてくれる クトゥルフ神話用語辞典」インタビュー
④好書好日ボドゲ部・定番ゲームのクトゥルー版を遊んでみた「ラブクラフト・レタ-」

⑤好書好日ボドゲ部・定番ゲームのクトゥルー版を遊んでみた「パンデミック クトゥルフの呼び声」

■「クトゥルー神話」関係記事

・田辺剛さんのコミック「クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集」インタビュー

・「新訳クトゥルー神話コレクション」朝宮運河さん書評 デジタルリマスターされたラヴクラフト

・新訳「クトゥルーの呼び声」前島賢さんレビュー 架空の神話、より等身大に

・モンスター好きに贈る「クトゥルー神話」アンソロジーなど4冊 驚異と怪異に魅せられて

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