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焚き火マイスター・猪野正哉さんに聞く 面と向かって言いにくいことも話せてしまう「焚き火」の魅力とは?

文:土井大輔、写真:有村蓮

アウトドアは「いっぱい失敗すればいい」

――今回、ご用意していただいたのはどんな薪ですか?

 ナラと杉です。一般的にはナラがよく使われます。ホームセンターとかで売ってるんで。杉はけっこう油分が多いので、燃えやすい。着火のときに使うことが多いです。

――昨日は雨が降ったので地面が濡れていますね。

 こういうときはまず、薪でベースを作って、焚き火をします。これは雪のうえで焚き火をするときなんかにも使える方法です。薪を地面に直置きしないことも大事です。水分を吸うんで。薪は太いものはなかなか燃えないので、割ります。細かくすると、それぞれ燃焼時間が短くなるので、焚き火の時間を調節しやすくなります。

と、猪野さんはナタで薪を割り、細かくしていく

――薪を斜めに枕木のうえに並べていく「ジャンプ台型」の組み方ですね。

 そうです。今回はシンプルに。僕はあまりこだわりを持ちたくないので、ふつうに着火剤を使って火をつけます。(火打ち石のような)ファイア・スターターを使う人もいますけど、僕は「焚き火」って火を囲むことが大事だと思っているので。たとえば友達とキャンプに行って、後日、居酒屋で話すとき「焚き火がよかったよね」って話にはなりますが、「あの火起こしがよかったよね」って話にはあまりならないので(笑)。

 火起こしからやる人たちを否定するわけじゃないですけど、こういうやり方の人もいますっていうことでお互いにわかっておきたいですね。「あれは邪道だよね」みたいになるのはイヤなので。

猪野さんはライターを取り出すと、薪の下に置いた着火剤に火をつけた

――火を起こす楽しみもあるだろうけども……ってことですね。

 そうですね。アウトドア業界で活躍している人たちって、どこか雲の上の人たちのような感じがして、だからアウトドアを始めにくいという人もいると思うんです。いかにも難しそうなことからやるんじゃダメだなと思っていまして。

――間口を広げたい。

 もう、いっぱい失敗してもらえばいいので。仲間とキャンプに行くときって、ある程度仲が良いから行くわけじゃないですか。なので、失敗しても笑って済ませられる。僕もこうして取材を受けるときは毎回、火がつかなかったらどうしよう……って思いながらやっています。

――「焚き火マイスター」にそう言ってもらえると気持ちが楽になります。茶道みたいに作法があると思っていたので。

 みんなナントカ道って「道」にいっちゃうんですよね。でも、焚き火はそんなことなくて。今回も本を出すことによって、僕を焚き火の先生のように見る人も出てくる。それがすごくイヤで。先生になりたくて本を出したわけではないし、こういう仕事をしているわけではないので。本を出せたことはいいんですけど、それによって、自分で自分の首を絞めているんじゃないかと思うこともありますね。

割った薪をくべていく猪野さん

 アウトドアって、よく「不自由を楽しむ」っていうじゃないですか。僕はそうじゃなくて、不自由を知ることで、日頃がどれだけ便利かってことを知ってもらったほうがいい。仕事柄、テントで寝ることがありますけど、やっぱり布団が一番だなって思いますから(笑)。

――道具として最低限そろえるものは?

 着火剤と鉈(なた)、手斧でもいいんですけど、やっぱりデザイン性が高くなるので、昔から日本にあるものがいいかなと思ってを使っています。あとは手袋ですね。革手袋はあったほうがいいです。

こうしているあいだにも火は「育って」いった

――焚き火で「これだけはやっちゃダメ」というのはありますか?

 葉っぱですね。落ち葉。あれだけは燃やしてほしくないですね。新聞紙と同じで軽いんで、燃えたまま飛んでいっちゃうんです。

焚き火から木の焼ける匂いがのぼって心地いい

悩んでいたとき「焚き火があった」

――猪野さんはどういった経緯で「焚き火マイスター」になったんですか?

 モデルや雑誌「POPEYE(ポパイ)」とかでライターをしていたんです。そのさい調子に乗って洋服作りにまで手を伸ばしたら……大ゴケして。借金を背負って、人間関係も悪くなって業界から逃げたんです。その後、30代前半から10年くらいは倉庫で働いていました。

 そしたらある日、父親に呼び出されて。ここはもともと祖父の土地だったんですけど、東屋(あずまや)があって、囲炉裏がある。そこに来いって。「家でいいじゃん」って思いましたけどね。そこで親と話したんです。借金のことは知ってたと思うんですけど、自分の口からはちゃんと説明してなかったので。今、こういう状況なんですって。

 そのとき、焚き火があったんです。親と話すのが恥ずかしいことってあるじゃないですか。向かい合って話すのってやっぱり照れくさいし、あまり言いたくないことだし。でも、焚き火があると、相手の目を見なくても、お互いに火を見ながら話せる。クッションになってくれたんですよね。

――そこから「マイスター」になっていった。

 同じころ、友達に「山に行こうよ」って誘われて。それまでは山をバカにするタイプだったんですけど、行ってみたらハマって。それでライター時代のつながりもあったので、山にも登れてモデルもできるみたいなところから、また雑誌業界に戻って。5年ぐらい山登りとか山のルポライターみたいなのをやらせてもらって。あとはこの場所があったので、焚き火とかの記事になると僕が準備するようになって。そうしたら人が冗談まじりに「焚き火マイスター」って名付けてくれたんです。

 そんな風にやっていたら、テレビの「マツコの知らない世界」(TBS)に呼んでもらって。そこからなんとなく「焚き火マイスター」っていう仕事が認められていったんです。

――周りの人たちに助けられたところが大きいんですね。

 助けられてしかいないですよ(笑)。人に求められるものに応えていたら、こうなった。僕は「焚き火をする」っていっても何も生みだしてはいないですし、新しいことはしてないんです。

会話が途絶えるとパチパチという音が聞こえる

――……思わず火に見入っちゃいますね。

 見ちゃいますよね。このあいだ、ここでラジオ番組の収録があったんですけど、MCの人が火に見入っちゃって。ラジオなのに2人とも無言で大丈夫なの?って(笑)。

――焚き火の魅力ってなんなんでしょうね。

 明確な答えがないのがいいんだと思います。ただ、目を合わさないで人と話せるっていうのは大きいと思います。「人と話すときはちゃんと目を見て話そう」みたいなのがあったけど、逆にそれを思い出させてくれるところもあって。そういや最近、目を見て話ができてなかったなとか、火を周りに延焼させちゃいけないなとか、当たり前のことをちゃんと思い出させてくれるアイテムですね。

 いま「石橋、薪を焚べる」(フジテレビ)の監修をやらせてもらっているんですけど、石橋(貴明)さんはまったく火を見ないんですよ。薪をくべるときだけ。はじめは不思議だなって思ってたんですけど、よく考えたら、目の前に素敵なゲストがいるわけで。相手に向き合うようになりますよね。そういう風にはなりたいですね。

――こうして焚き火ができる場所が増えるといいですね。

 本にも書いたんですけど、都会だとビルの屋上でやれるようになるのが一番いいなと思っています。ただ、キャンプブームで人が増えたことによって、マナーが悪い人も出てきてるので、5年後、どっちかになっていると思うんですよね。焚き火の魅力が伝わって、公園とかいろんなところでふつうに焚き火ができるようになっているか、まったくできなくなっているか。焚き火って、まだいろんなところでできる可能性があると思っているので、ルールとかマナーとかあまり言いたくないんですけど、そういう場所は増やしたいですね。

焚き火はいつのまにか熾火(おきび)になっていた