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ジョン・ファンテ「ロサンゼルスへの道」 頭はいつだって妄想でいっぱい

 聞いたこともないか、忘れ難いか。ジョン・ファンテの作品にその中間はない、と米紙が書いていた。ついに日本語版が出た『ロサンゼルスへの道』(栗原俊秀訳)は、ビートの先行者ファンテが1930年代半ばに書き、83年の没後に日の目を見た小説である。

 めっぽう面白い。と言っても筋らしい筋があるわけではない。カリフォルニアの缶詰工場で働く作家志望の18歳の青年が、安アパートで一緒に暮らす母や妹に、あるいは職場の上司や同僚に、はたまたカニやサバやハエに向かって、猛然と呪詛(じゅそ)の言葉をまき散らす。下品と言えば下品きわまりない。だがファンテの手にかかると、洋の東西も時代も問わない若者特有のいらだちと悲しみ、そして「ここではないどこか」への渇望が、痛いほど伝わってくる。

 イタリア移民の子で、頭のなかではいつも妄想が渦巻き、何かといえばニーチェを持ち出すこの主人公には、ファンテの実人生が投影されている。時に大いに笑わせてくれるのは、訳者の力量もあずかって大きい。=朝日新聞2020年11月7日掲載